これは昼休み図書室で眠るという中在家くんに見つかったらすごく怒られてしまいそうなことを仕出かしたあたしが悪いのだろうか。否、悪くない。絶対に悪くない。仮に悪かったとしても四…三割だ。後の七割は、あの男が悪い!

中庭を走り回り三周目にかか
る頃、やっと見つけた。穴の中から頭を半分だけ出してせっせと掘り続ける紫色。飛び掛かりそうになる衝動を抑えてゆっくり近付く。これまたゆっくり手を伸ばして揺れる髪の毛を思い切りぐいっと引っ張った。すると紫色は動きを止め、くるりと振り返る。大きな目をまんまるにして紫色────綾部喜八郎は首をかしげた。


「綾部、あんた絶対許さな」

「おやまあ、消えてる」


綾部はあたしの言葉を遮って手を伸ばす。あたしの頬にそっと触れた。い、いきなり女の顔に触るとは無礼な奴!立花くんは一体どういう教育してんだか!綾部の手をバシッと思い切り叩き落として髪を引っ張る。結構な強さで引いているのに綾部は微動だにしない。くそ、むかつく。消えてる、って当たり前でしょ。シャボンでゴッシゴシ擦ってやったのよその所為でほっぺた痛いわどうしてくれんの。わなわな震える身体を抑えることもせずにあたしは綾部を睨み付けた。


「なんであたしの顔に名前なんか書いたの!」

「それは、筆でこうやって」

「手段じゃなくて理由を訊いてるのよ!」


そう。この男は眠るあたしの顔にむかつくくらい綺麗な字で『綾部喜八郎』と書きやがったのだ!証人はいる。図書のカウンター当番だった不破雷蔵だ。彼がそう言ったのだから間違い無い。だが!何も知らないあたしは顔に『綾部喜八郎』と書かれたままくのたま教室に戻ったのだ。それからみんなにクスクス笑われて、同室の友人に「顔どうしたの?」と言われてやっと気付いた。素早く顔を洗ってしっかり授業を受けて、授業が終わってからあたしは忍たま教室の五年ろ組にダッシュした。不破雷蔵を呼び出して聞き出せば「そう言えば四年の綾部が何かしてましたが…」とのこと。こうしてあたしのターゲットは綾部喜八郎に絞られたのである。まあ、とにかく。


「あんた、あたしに何の恨みがあるの!」

「無いです。恨みは」

「じゃあ何!妬み!?」

「いいえ、違います」


綾部は飄々と答える。怒鳴るあたしに怯える様子は無い。じゃあ、何だと言うのか。なんで恨みも妬みも無いのにこんな嫌がらせを受けなければならないのか。意味が分からない。くのたまには笑われるわ後輩には馬鹿にされるわ、あたしが何をしたっての。そりゃ図書室で昼寝をしたのは良くなかったけど、でもそれはいずれ中在家くんから咎めを受けるだろう。だからあたしが今こんな目に遇う必要は無いはずだ。

不意に綾部の髪を掴んだままの手に、綾部の手がぺたりと触れた。少し砂っぽいソレ。踏鋤を使うからだろう、皮膚が固かった。


「今日、一年は組の教室の前を通ったんです」

「…は?」

「土井先生が生徒になくさないよう自分のものには名前を書くように、と仰っていて」

「ちょっと待って、何言ってるの?」

「ああそうか、と」


綾部の手が、あたしの手を掴む。何故だか拒めなくて力を抜いてしまった。この男は一体何を言ってるの?どうして今そんな話をするの。綾部の大きな目がまっすぐあたしを映す。ふわふわとしたイメージの男なのに、どこか鋭い刀のような印象を垣間見た気がした。あたしより一回り大きな手が、指が、絡む。まるで恋人のような行為にあたしは狼狽した。そんなあたしを知ってか知らずか、綾部はゆっくり口を開く。


「先輩は私のものだから、なくさないよう名前を書かなくては、と思ったんです」

「…あ、綾部…っ!?」

「私、先輩に恨みも妬みも無いですよ」


この男は本当に、一体何を言ってるの。あたしが綾部のもの、って。なにそれ、違う。あたしは。思考回路がパンクする。顔が熱くなって何も考えられなかった。綾部の手に力が篭りあたしの身体は強張っていく。綾部が、目を細めて微笑んだ。


「あるのは愛だけですので」





101221/落日
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