「あ、佐吉さん」


店先の掃除をしていたら常連さんである佐吉さんがやってきた。佐吉さんは切れ長の双眸でわたしを一瞥すると長椅子に腰を降ろす。店に顔だけ突っ込んで佐吉さんが来たことを厨房へ伝えれば、すぐに盆を差し出された。佐吉さんが来る日にちや時間、頼むものはみんなが熟知しているのだ。両手で盆を持ち佐吉さんの隣に置く。佐吉さんは盆をちらり、それからわたしをちらり。薄い唇を開いて「かたじけない」と言った。


「いいえ。さ、召し上がってくださいな」


佐吉さんと出会ったのは三月くらい前。食い逃げをしようとした男を取っ捕まえてくれたのが佐吉さんだった。あの時のことはよく覚えている。濃紺の着流しに長い刀を持った細い殿方が、いつの間にか食い逃げの男を地面に押さえ付けていたのだ。目にも留まらぬ速さとはあのことだとわたしは実感したのである。それから佐吉さんにお礼を、と栗羊羮をお出ししたらお気に召したらしく、こうして定期的に通ってくださるのだ。因みにうちは甘味処である。前に饅頭をお出ししたところ「胸焼けする」と断られた。佐吉さんはあまり甘いものが好きではないらしいが羊羮だけはぺろりと食べる。これだけ華奢なのだからもっと食べたらよろしいのに、と心の中で呟いた。


「今日もお稽古を?」

「あぁ」

「あんなにお強いのに」

「我が主に比べれば私など」


佐吉さんはお侍で、とても身分の高いお方にお仕えしてるらしい。佐吉さんよりもすごい人なのか。わたし、よく分からないけど佐吉さんよりすごい人はいないと思うなあ。佐吉さんが刀を抜いたところを見たことはないけどきっとすごく強いんだと思う。陽に当たり白銀に光る髪をじっと見つめて、ふと思った。


「そう言えば、太閤様の左腕だと謳われるお方も、とても強い侍だと聞いたことがあります」

「……」

「ねえ、佐吉さんはご存知ですか?」

「…聞いたことはある」


前に店に来たお侍から聞いたのだ。太閤様にお仕えするお方にとても強い方がいると。その姿まるでおなごのように細く、されど柄に手を掛けたら最後、神風の如し動きで敵を一掃する、と。正に佐吉さんのような人なんだろうな。佐吉さんも知ってるってことはやっぱりすごく強い、有名な人なんだ。佐吉さんはお茶を一口飲む、かと思えば気管に入ったのか激しく咳き込んだ。いつも冷静な佐吉さんが珍しい。丸くなった背中をそっと撫でた。撫でながら、ううんと唸る。


「名前は…確か、石田三成様、だったかな」

「ゴフッ」

「さ、佐吉さん!?」


佐吉さんが更に咳き込んだ。ど、どうしたんだろう。石田様の話はしない方がよかったのだろうか。もしかして嫌いな方だとか?佐吉さんは口許を手の甲でぐいっと拭った。何故か目が泳いでいるけど、どうかしたのかな。佐吉さんは羊羮を口に突っ込むとろくに噛まずお茶で流し込んだ。長い刀を手にしてスッと立ち上がる。


「…石田三成に、会いたいのか」

「そんな、ただお話を聞いただけですよ。太閤様にお仕えするお侍様に会うだなんて畏れ多い」

「ならば、会いたくはないのか」

「えぇ?まあ、お会い出来るなら、お会いしてみたいですが…」

「…馳走になった」


佐吉さんは懐からお金を取り出すと盆の上に置いた。数えなくても分かる。佐吉さんはいつもお会計丁度だから。ありがとうございました、と深々頭を下げる。佐吉さんの少し猫背の背中を、見えなくなるまで見送った。





101029
身分隠して幼名使う三成が書たかっただけ(^o^)
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