ハチはよくわたしの顔に、正しくは頬っぺたに触る。本人いわく感触が気持ち良いのだと。自分で触っても特にそうは思わない。もしかして贅肉が…?ハチに尋ねたら「肉でも気持ち良いならいい」と爽やかに言われた。これっぽっちも良くないしちょっと傷付いたのだけどわたしの頬っぺたを触るハチはとても楽しそうだからまあいいか、なんて思うのはよっぽど惚れてしまっているからだろうか。でも間食は控えよう。

今日もいつものようにハチに頬っぺたを触られる。引っ張ったりつついたりてのひらで挟んだり、何が楽しいのだろう。前にハチの頬っぺたを触ったことがあるけどたいして伸びないし弾力もないからつまらなかった。男と女じゃ違うものである。ハチのてのひらの感触を頬っぺたで感じつつ、わたしは目を丸くした。わたしは今ハチに正面から触られているのでハチの顔がよく見える。ハチの顔────唇が。


「ねぇ、くち触っていい?」

「くち?いいけど」

「失礼しまーす」


頬っぺたからハチの手が離れる。片手を伸ばしてハチの唇を親指でなぞった。潤っているとは言えないけど乾燥してる訳でもない、でもとても柔らかい。頬っぺたとは違う柔らかさ。下唇を摘まんで引っ張ると歯茎が見えて間抜け面になった。つい吹き出したらハチから軽く睨まれた。


「くち開けて」

「んあ」


白い歯、紅い舌。綺麗な歯並びだなあ。前に梅干しの種を噛み砕いてるのを見たことがあるけどあれはすごかった。歯は大丈夫なのかと思ったけど、心配は要らないみたい。歯も顎も強いんだなあ。唇を指でなぞっていたら、ちょっと恥ずかしくなってきた。このくちがいつもわたしのと重なって、舌が、あの、その。なんだかこうして見ると自分のとそう変わりはないのに。ハチの頬っぺたをぺちぺち叩いてもういいよと言うとハチはくちを閉じた。なんとなく犬みたいだと思った。


「な、俺も触っていい?」

「ん?くち?い」


いいよ、と言う前に触られていた。ただし手じゃない。唇で、だ。

最初は触れるだけ。何度か啄んだ後、突然深く噛み付かれる。勿論本当に噛み付かれる訳じゃない。噛み付かれるんじゃないかって勢いで深く貪られる。唇よりも柔らかくて熱を持ったものが滑り込んできて身体が震えた。ハチとこうすることは初めてではないのに、どうしてもこの感覚には慣れない。ハチはわたしの酸素をどんどん奪っていくから目の前がちかちかする。身体の力が抜ける。ずるりと後ろに倒れるとハチもそのままついてきた。手に指を絡められて畳に縫い付けられる。ハチの手は汗ばんでいて熱かった。手も脚も唇も、触れ合うところが全部熱い。熱くて熱くて、いい加減苦しくなってハチの胸を押し返す。ハチはわたしの下唇をちゅう、と食むとやっと離れていった。


「…くちで触るなんて聞いてない」

「…ムラってきて、つい」

「ばか」

「なあ、したい」

「え」

「や、やっぱ嘘!」


ハチはババッと身体を離してハハハハと乾いた笑い声を出した。顔が真っ赤だ。顔をじっと眺めていたら背中を向けられてしまった。色素の薄い髪から覗く耳は、やっぱり真っ赤。それを見たらプッと吹き出してしまった。ハチの背中に抱き着く。ハチが戸惑うように身体を揺らした。


「いいよ。しよう?」

「!」


ハチがゆっくり振り返る。恥ずかしそうに視線を泳がせつつ、すぐにニッと見せて笑った。それから、自然に重なる唇。いいよ。だってわたしも触れるの、好きだもの。





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