「お前、サッチのモンブラン食ったことあるかい?」
「え、サッチってモンブランもつくれるんですか!」
「その様子じゃ無いみてェだな。あれァかなり旨いよい」
「たったべたい…!」
「今度おれから頼んで作ってもらうよい」
「わ!ぜひぜひ!ありがとうございますマルコさん!」
「まぁその代わりと言っちゃあなんだが」
「へ?」
馬鹿だ。可笑しいと気付くべきだったのだ。マルコさんからスイーツの話が出るなんて怪しい、怪しすぎると。サッチはあたしの健康面を考えて甘いものをあまり食べさせてくれない。最高でプリン、最低でバナナだ。まあ三歳児だからね、砂糖ばっかり摂ってたら良くないことは分かる。そこを巧く突かれたのだ。サッチ、マルコさんの頼みなら滅多に断らないし。マルコさんだってあたしに甘いものとかそんなにくれないくせに、なんで気付かなかったんだあたし!
マルコさんはあたしを抱き上げると甲板から海へぽーんと放り投げた。へっ?と呆けたのは一瞬、直ぐ様パニックになったあたしを包んだのは冷たい海────ではなく。
「よう、いらっしゃい」
「…おっ、おにいちゃ」
「おっと!待て待て、何もしてないだろう」
攻撃魔法・お兄ちゃんを召喚しようとしたら顔を胸に押し付けられて喋れなくなった。てゆうか息が出来ない、苦しい。幼女ながら全力で暴れると気付いたらしく顔を離してくれた。そしてニッと笑う。なんでこいつがここにいるんだ、なんでマルコさんはあたしをこいつに渡したんだ。辺りを見渡して見知らぬ船だと分かると目眩がした。
「シャンクス、おろして」
「お、ちゃんとおれを覚えてたか。偉い偉い」
シャンクスはあたしの頬っぺたに自分の頬っぺたをすり寄せてきた。髭がこすれて染みに痛い。やめろばか!と小さい手でシャンクスの顎を押さえた。
「なんでシャンクスが!」
「マルコを勧誘しに来たんだが断固拒否されてな。じゃああのチビッコと遊ばせてくれと言ったら快くOKしてくれたよ」
「あ の バ ナ ナ !」
いつか絶対もぎってやる!そんでシャンクスはまだ諦めてなかったのか!未だすりすりすりすり髭をすり寄せるシャンクスの顎に爪を立てた。畜生、バナナめ。モンブラン一個しか用意してなかったら親父に言いつけてやる。少しでもシャンクスから離れようと思い切り身体を反らしたらぐらりとバランスが崩れた。重心が後ろに傾く。視界からシャンクスが消えて真っ青な空が見えた。シャンクスが「あ」と漏らす。あ、れ?あたし落ちる?反射的にぎゅっと目を瞑った。
「あまりいじめるな、白ひげの愛娘だぞ」
「いじめてないさ。なあ?」
「…?」
落ちると思ったのに、大きな手がスッとあたしを抱き上げた。知らない声がする。それから煙草の匂い。恐る恐る目を開けた。まず目に映ったのは逞しい首。すっとした顎、薄い唇が挟む煙草。徐々に視線を上げていくと切れ長の双眸とぶつかった。緩く波打った白い髪がさらりと揺れる。
「…だ、だれですか」
「ベン・ベックマンだ。ベンで構わない」
「ごほっ」
「あぁ、済まん」
煙に噎せるとベンさんはくわえていた煙草をプッと海へ吹き捨てた。煙から離れようと場所を移動してくれる。し、紳士だ。ここに紳士がいらっしゃる!ちょっと顔が怖いけど、男は見た目じゃない。心だ。ハートだ。マルコさんを始めシャンクスから散々な目に遇わされたあたしは神様を見つけたような心地になりベンさんにぎゅうっとしがみついた。それを見たシャンクスがムッとしたように眉間に皺を寄せる。
「おい、こっちに来いよ」
「シャンクスかたてでだっこするからこわいもん」
「仕方ないだろう、片手しか無いんだ」
「…え?」
「ほら」
シャンクスは右手でマントを外した。息が、詰まった。あるべきところに左腕が無かった。中身の無い袖だけがひらひらと揺れている。なんで、だろう。シャンクスは海賊だから戦いの中で失ってしまったのだろうか。その時を想像したらゾッとした。痛かったよね。辛かったよね。苦しかったよね。あたしの顔が青くなっていたのかシャンクスは豪快に笑った。あたしの頭をぽんぽんと撫でる。
「もう痛くない。そんな顔をするな」
「…なんでないの?」
「昔ガキを助けた時に海王類に食べられたんだ」
海王類に食べられた、と聞いてあたしの顔は益々引き吊った。海王類は何度か見たことがある。恐竜みたいな生き物だ。あんな生き物に腕を食べられた、なんて。普通に斬られるより痛そう。こんな人に冷たく当たっていた自分が情けない人間に思えてきた。
「おいおい、そんな顔をするなって」
「ご、ごめんねシャンクス、あたしひどいことしてたね」
「気にするな…あぁ、そうだな」
ふと、シャンクスの顔がグッと近付いた。赤い髪が綺麗なのと、目のところの傷が痛々しいのがよく見える。それを理解してから、あれ?と思った。シャンクスの顔が近い。なんで?ベンさんの服を強く握る。シャンクスの唇が、ちょっとひりひりする頬っぺたに、チュッと触れた。
シャンクスがニッと笑う。シャンクスの触れた頬っぺたが、熱い。キス、された。前回はこめかみで今回は頬っぺたに。キスされた。恋人でもない男の人に。
「これで許そうかな?」
「…相手は餓鬼だぜ」
「からかうと面白いんだ、こいつ」
「…おっ、おおおおお…」
「お?」
「おやじいいいいシャンクスがちゅうしたあああああ!」
最終奥義・親父を召喚する。呪文の余韻が消える頃に薙刀を持った親父が空から降ってきた。そして呪文が聞こえていたのか自動的に攻撃魔法・お兄ちゃんも発動され敵は慌てて頭を下げたのち逃げ出していた。
やっぱりシャンクスは苦手。そう思った。
Thank You Shina!
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