「…は?」

「だから、デキタの」

「でき…え、マジで?」

「マジよパパ」

「…マジかよ」


仕事から帰ってきたクザンにお腹を撫でながら言ったら、彼は茫然としたままソファーに腰を下ろした。視線はぼんやり宙を見つめていて口は半開き。隣に座ったらやけにゆっくりした動きで私を見た。私の顔から私のお腹へ視線が移動するのが分かってなんだかくすぐったい。クザンの大きな手が私のお腹を撫でようとして、触れる前にぴたりと止まる。クザンの手は自分の額を押さえて俯いて盛大な溜め息を吐き出した。あれ、どうしたんだろう。仕事疲れたのかな。


「…実は嘘でした、とか」

「病院の診断書見る?」

「だっておれ毎回着けて」

「避妊したって何パーセントかの確率で妊娠はするのよ」


納得する理由を並べていけばクザンはもう何も言わなくなった。顔を覗き込もうとしたらすぐに逸らされる。にこにこ笑っていた私はここにきて初めて不安を感じた。クザン、笑ってない。むしろちょっと青ざめてる。手がカタカタと震え始めて、胸の前でぎゅっと組んだ。


「嫌だった?…赤ちゃん」

「違う。そうじゃねェ」


意外とすぐに返ってきた声に心の底から安心した。否定されたら私は泣くしかない。クザンは顔を上げて私を真っ直ぐ見つめた。それから腕を伸ばして私の肩を引き寄せる。そのまま優しく抱き締められた。クザンらしくない、普段はこんなことしないのに。クザンの胸に耳をつけたらびっくりするくらい心臓の音が速かった。


「自信がねェ」

「…父親になる?」

「何人も殺してきた。これからだってそうさ。そんなおれがなんで」

「平気よ、そんなの」


手を伸ばしてクザンを抱き締める。馬鹿な人。そんな小さなことに怯えてたなんて愚かな人。図体デカいくせにみみっちい男だわ。でも、よっぽど気にしてたんだろう。クザンは怪訝そうな顔をしてる。だけどそれは私からしてみれば笑い話だ。クザンの手が汚れていることくらい付き合う前から知ってる。それをまるごと愛したのは紛れもない私だ。それを知ってて答えたのはクザンだ。何を今更言ってるんだろう。変な人。クザンの胸に頬を擦り寄せる。クザンの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。


「私の子よ?クザンが何者でも構わない」

「……」

「ねえ、産みたいの」

「…悪かったよ。もう変なこと言わねェ」


クザンの手が恐る恐る私のお腹を触った。ゆっくりゆっくり撫でて、離して、また触れる。そうしてるうちに眉間から皺がとれて、軽くふっと笑った。


「産んでくれ。おれの可愛い赤ちゃん」

「ふふ、男の子だったらクザンみたいに背の高い子がいいね」

「…いや、おれには似なくていい」

「女の子だったらクザンみたいにのんびり屋さん」

「似なくていいっつうの」

「どうしてよ」

「どうしても」


自分に似て欲しい、とか思わないものなのかな。未だにお腹を撫で続ける大きな手に私の手を重ねる。まだまだぺたんこだけど、10ヶ月後には大きく膨らむ私のお腹。その時を想像したらついふふふと笑ってしまった。クザンの唇がこめかみに優しく触れる。するとクザンが小さく笑った気がして顔を上げた。


「ひとつだけ似ていいところがある」

「ん?」

「お前みたいにいい女と出逢えたおれの幸運、なんてのはどう?」

「…じゃあ私はあなたと出逢えたラッキー、てのは?」

「最高だ、ママ」

「当たり前よ、パパ」


私達はくすくす笑いながら、今までにないくらい幸せなキスをした。



ハッピー運と
ラッキー運






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BGM:25/個目/の染/色体
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