また落ちた。またあの人が落ちた。うわあああ、とわざとらしい声を出して落ちるのもいつものこと。久々の最高傑作だったのにまたあの人が落ちた。つまらない。面白くない。音のした方、というより作った蛸壷は全部把握しているから目を閉じても辿り着けるから音なんか頼りにはしないけど。苛立ちに肩を落しながらぽっかり開いた穴に近付くと予想通り彼女はいた。私を視界に入れると片手を上げる。結構深く掘ったのに全然痛そうじゃないのは彼女が六年であり受け身の仕方を熟知しているからだろう。犂を片手に膝を折って彼女を見下ろした。


「またあなたですか」

「うん。落ちた」

「あなたが忍たまの中庭を歩くからです」

「だって綾部はくのたまの中庭は掘らないもの」


当たり前だ。くノ一教室は男子禁制、忍たまは入ることが出来ない。わざわざ許可を貰ってまで掘りに行こうとは思わない。許可なんか取らなくてもここの庭は掘り放題だから。それなのに彼女はわざわざ許可を貰って忍たまの中庭まで来てわざわざ蛸壷に落ちる。最初の頃は喜んでいたけど四度目も五度目も同じ人が落ちていたんじゃこっちとしては面白くない。相手がわざとだと言うのも解る。今回は解りにくい目印を置いていたけど六年のくのたまが解らない目印ではなかった。なのにこの人は落ちる。私を嘲笑うように、簡単に落ちる。ある意味絶対に落ちてくれない立花先輩より腹が立つ。…考えていたら苛々してきた。立ち上がると彼女は目を小さくさせる。


「なんで落ちるんですか」

「……」


小さくなった目が徐々に元の大きさに戻っていく。何度か瞬いてそれからフーと長く息を吐き出した。息をつきたいのは私の方だ。どうしてこの人が呆れたような表情をするのだろう。彼女は再び私をジッと見つめる。瞬きもせずに真っ直ぐ。闇夜のように黒い目に吸い込まれそうだと、この時初めて思った。


「だって落ちたら綾部が来てくれるもの」

「…え」

「ねえ綾部、綾部は私の名前を知ってる?」


そう言えば、とふと思う。そう言えば、知らなかった。彼女の名前も組も、彼女のことなど何も知らなかった。彼女は穴の底で立ち上がり壁に足を掛け、そのまま跳躍して出て来た。いつも助けてと言って自分で出たことはなかったのに、女性だけど流石は六年生だと改めて思った。彼女は私の隣で両膝を折る。首を傾けてやや下から私の顔を見つめてくる。いつも穴に落ちた彼女を助けて別れるのが一連の流れだから彼女とこうして向き合うのは初めてだった。


「私は綾部を知ってる。綺麗な蛸壷を知ってる。だけど足りない。もっと知りたい」

「……」

「だからこうして逢いに来るのだけど、残念。気付いてなかったの」


いやあ残念、残念だ。彼女は顎に手を当てぶつぶつと呟いて立ち上がる。そしてくるりと踵を返して歩き出した。方向的に多分くノ一教室に行ってる。その背中を見てなんとなく、彼女はもう私の蛸壷には落ちないような気がした。それはちょっと待って、欲しい。それはそれでなんか、可笑しい気がする。今くノ一教室に行かれたらもう話せなくなる。呆然と宙を眺めていて急にハッと我に帰った。手から犂が滑り落ちるのも構わず立ち上がる。カランッと乾いた音に彼女は足を止め肩越しに振り返った。


「…それ、どういう意味ですか」


彼女は誰も何も知らないような笑顔を私に見せて、口を開いた。





(好きってことさ)






(100124/にやり)

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