只今現在地点、忍術学園図書室前。図書室の札を確かめて深呼吸を繰り返した。この戸の向こうには中在家がいる。そう思うだけで心臓が暴走した。うわ、相手の顔も見てないのにもう顔が熱い。こんなんで渡せるのかな。

手の中にある湯飲みに目をやった。濃厚な甘い香りが鼻をくすぐる。福富屋の息子のしんべヱに頼んで南蛮のお菓子を取り寄せて貰った。それがこの『しょくらあと』だ。前に本で見たことがある。この日男性にしょくらあとを贈ることは愛を捧げることと同じだと書いてあった。これはれっきとした南蛮文化だけど日本人がしてはいけないという決まりは無い。斉藤タカ丸のトリートメントがいい例だ。本当はしょくらあとを固めて包みに入れたかったのだけど固めるには時間が足りなかった。だから牛乳に溶かして湯飲みに入れて飲み物として渡すことにしたのだ。

深呼吸。手の平に人の字を三回書く。…湯飲みがあるから無理だった。小さく咳払いをして、図書室の戸を開けた。


「…中在家」

「……」

「ちょっといい?」


カウンターで本を読んでいた中在家はコクンと頷いた。本を閉じて立ち上がる。図書室は飲食禁止だから図書室で渡すことは出来ない。中在家は図書室の戸を静かに閉めて私の正面に立った。何も言わないけれど目が「用件は?」と語っている。手の中の湯飲みが震えた。心臓が口から飛び出しそう。中在家はこの南蛮文化を知らないのだから私も知らないフリをして渡せばいい。落ち着け私。中在家の胸元にずいっと湯飲みを押し付けた。中在家の視線が首ごと湯飲みに落ちる。


「これ、しょくらあと。溶かして牛乳と混ぜたの」

「……」

「中在家って甘いもの好きでしょ?あげる」

「…あぁ」


声、震えてなかったかな。中在家は右手で湯飲みを受け取った。湯飲みをじっと見つめた後私に視線を向ける。中在家の薄い唇がゆっくりゆっくり開いた。


「…バレンタインデーか…」

「……。は?」

「…違うのか」


違くない。違くないけど、どうして中在家がそれを知ってるんだ。そう考えて私は自分の頭を思い切り殴ってやりたくなった。バレンタインデーはこの図書室の本で調べたことだ。図書室の本すべてを把握し、その上少し南蛮語を理解出来る中在家が知らない訳がない。私は馬鹿だ。浅はか過ぎる。

顔に全身の血という血が集中する。身体が心臓になったみたいにどくどくと鼓動を打った。何かを言わんと開いた唇は何も発せずわななく。恥ずかしい。中在家はきっとしょくらあとを渡す意味も知ってるんだろう。だから中在家も視線をうろうろとさ迷わせているんだろう。


「わ、私長屋に帰るね」


逃げよう。逃げるしかない。そう思った私は口早に告げて踵を返した。中在家の視界から早く消えたかった。だけど突然肩を掴んだ手に私は情けなくもわあ!と叫びその場にへたり込んでしまった。実は足は緊張でガタガタ震えていた所為であんまり歩ける状態じゃなかったのである。つくづく情けない。大体どうして引き止める中在家!私は恐る恐る振り返った。


「…ありがとう」

「……」

「ちゃんと、お返しする…」


それだけ言うと中在家はそそくさと図書室へ入って行ってしまった。私は戸の閉まる音を聞いても動けなかった。心臓がばくばくばくばく、暴れ回っていた。

中在家、顔、赤かった。

お返しは来月だったか。また調べないといけない。また図書室へ行かないといけない。高鳴る胸を押さえて、冷たい壁にもたれ掛かった。


心臓が忙しい日





(100214/にやり)
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