「チョコやれ」
「それが貰う人間の態度か」
差し出された右手をパシンッと叩いた。阿含はチッと舌打ちしている。舌打ちしたいのは確実に私の方だ。阿含だったらぼんッきゅッぼーんなお姉さん方に腐るほどチョコを貰ってるだろうになんで私に言うんだ。わざわざ家まで来やがって。畜生塩撒くぞコノヤロー。
「…おい」
「作ってないよ」
「んだと。テメェそれでも俺の女か」
「浮気ばっかの阿含に言って欲しくないね。大体たくさん貰ってるんだから私のなんか要らないでしょ」
「貰ってねぇよ」
「…え?」
「誰からも貰ってねぇ」
阿含の言葉に私はポカーンと口を開いた。誰からも貰ってない?あの阿含が?嘘だ、阿含がチョコを貰ってない訳がない。みんな阿含の気を引こうとすごいチョコを作る筈だ。…もしかして、全部断ってきたのかな。いつも浮気ばっかのくせに。嘘だと思ったけど阿含はこんなくだらない嘘をつく人じゃない。それに阿含が嘘をついてるかどうかなんて声で解る。阿含は私を見て溜め息を吐き出した。どうしよう。だって私ほんとに作ってないよ。チョコレートだって今頃買いに行っても何処も品切れだろうし。どうしよう、私って最低じゃん。
「…阿含、ごめん」
「チョコ」
「無いもん…あ、電話」
携帯が震えてランプが光る。この色は雲水くんだ。なんで雲水くんが?ちょっと不思議に思ったけど通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てた。
「もしもし」
『よかった、阿含は近くにいるか?電話に出ないんだ』
「うん、いるけど」
『伝えてくれ。阿含宛てにたくさんチョコを預かってるんだがどうしたらいいか、って』
…阿含、ほんとにチョコ受け取ってなかったんだ。思わず阿含をガン見してしまった。阿含は訳が解らなそうに眉間に皺を刻んだだけだった。どうしよう、不謹慎だけど嬉しい。阿含ってそんなに私のチョコが食べたかったんだ。なんかひとつくらい作っておけばよかったな…。
…あ。
「雲水くん、チョコってどんなのがある?」
『え?うーん…手作りから買った物まで、様々だな』
「悪いんだけど今すぐ私の家に持って来てくれない?コーヒー出すから!」
『まぁ構わないが…』
解った、と雲水くんは電話を切った。よし、よし。これならイケる。阿含を置いてキッチンに駆け込んでボールや牛乳、小麦粉をテーブルに並べていく。後から阿含がキッチンへ来てさっきの電話の内容を訊いてきたから話してやった。
「なんで持って来させんだ」
「そのチョコ溶かして、私がケーキ作ってあげるよ」
溶かして私が新たに愛情篭めてあげる。そうすれば作ったのは私でしょう。それじゃダメ?エプロンを巻きながら言ったら阿含はニッと笑って面白ェ女だと言った。わざわざ私のチョコを欲しがる阿含も十分面白いと思うけどね。
でもそれがかなり嬉しかった、なんて悔しいから言ってやんない!
恋する乙女の失態
雲水くんの分まで作ったら殴られた。
(100214/にやり)