「しょくらあと、ねえ…」
「い、一生懸命作りました」
組頭に、しょくらあとを渡した。組頭にはいつもお世話になっているしわたしは組頭が好きなのだ。忍としてひとりの男性として。縁側に座りお茶を飲んでいた組頭はしょくらあとを色々な角度から眺めた。どきどきしながら組頭の背中を見ていたら、組頭はしょくらあとを膝に置いた。視線が綺麗に晴れ渡る空へ向けられる。
「私はお前を立派な忍に育てた筈だったんだけどね」
「…え」
「忍はバレンタインだナンだと町娘みたいに浮かれていい立場じゃない。解るだろう」
淡々と続く組頭の声は冷たかった。そのままわたしの体温を奪っていくようだった。可笑しいな。毒を飲んだ訳でもないのに身体が動かない。組頭の言葉が頭の中をぐるぐる駆け回る。そんな簡単なことくらい、解っていた。わたしは普通の女の子とは違う。闇に生きる者だということくらい知っていた。
それでも惹かれてしまうのが恋だとわたしは思う。わたしは夢を見ることすら許されないのだろうか。勿論組頭が好きだから忍務を遂行してきた訳じゃない、わたしはちゃんと忍の誇りを持って生きてきた。だから組頭の言い分は解る。でも、町娘としてのわたしがいる。組頭はわたしをどう思っただろう。情けない部下だと憐れんだのだろうか。視界が少しずつ暗くなる。涙は出ない、そういう風に育てられたのだから。
「まぁ私は、町娘の気持ちを忘れない、お前のそんなとこが好きだよ」
ぽんっ、と。大きな手が頭を撫でた。恐る恐る視線を上げれば組頭がいた。わたしを見ていた。相変わらず表情は解らないけれど声はさっきよりあたたかくなってる。どうしよう、そういう風に育てられた筈だったのに鼻の奥がツンと痛い。組頭は膝に置いていたしょくらあとを手に取り顔の横に持ってくる。おどけたように頬に当てる姿はいつもの組頭とおんなじだった。
「ありがとう。大切に食べるよ」
「は…はいっ」
「これって本命?」
「え!そ、それはそのっ」
甘く、ほろ苦い
(だっ大本命です!)
(100214/にやり)