「俺、しょくらあとより豆腐がいい」

「何言ってんの」

「豆腐がいいからそのしょくらあと捨てて」

「バレンタインくらい豆腐から離れてよ」


こいつ、私がどんな気持ちでいるか知らないでいけしゃあしゃあと言いやがって。別に私が豆腐でいいって言ってるんだから豆腐でいいじゃないか。

お解りだろうが私は久々知兵助じゃない。兵助に変装した鉢屋三郎だ。今日はバレンタインデーだから学園中が浮かれている。そして私はこいつが兵助を好いてるのは前から知っていたから、こうして変装して近付いてやった。私が鉢屋三郎だと知らないこいつはしょくらあとを渡してきたという訳だ。あーつまらない、こいつはどうして兵助が好きかね。兵助なんか他の男より睫毛が長い豆腐少年じゃないか。私なんて、と説明したいところだが素顔は絶対シークレットなので断念。


「いいから早く受け取って。授業始まっちゃう」

「だから俺は豆腐がいい」

「女が作ったものを突っぱねるのは最低だよ」

「俺の好物くらい知ってるくせに」

「知らないよ、あんたの好物なんか」


ほら、早く。そう言って桃色の包みを私に差し出す。受け取りたくない。だってこれは『鉢屋三郎』じゃなくて『久々知兵助』に宛てたものだ。だから私は捨てて欲しい。こいつが作ったものを他の男に食べられたくない。例えそれが兵助でも嫌だ。雷蔵でもハチでも勘右衛門だとしても絶対嫌だ。バレンタインデーに貰うしょくらあとは特別だと聞いたから絶対『私宛て』で貰いたい。他の誰でもなく彼女に。だけどそんな私のことなどこいつは露程も知らないんだろう。私がお前を好きだということも、絶対知らないんだろう。

ゴォオン、と授業開始を告げる鐘がなった。彼女はハアと溜め息を吐き出して私の手に無理矢理包みを押し付けた。そんなことをされたら受け取るしかない。手の中に渡った包みを強く握り締めた。


「遅刻するから行くよ。それちゃんと食べてよね」

「…なぁ、実は私」

「あんたの好物なんか知らないけど一生懸命作ったんだからね、鉢屋」


彼女は背中を向けて歩き出してしまった。罪悪感が私を襲う。どうしよう、私は鉢屋なのに。これ、鉢屋に渡さなきゃ…ん?はちや?鉢屋って、え?

鉢屋って私じゃん。


「ま、待て!私が鉢屋って」

「最初から気付いてたけど」

「だってお前、兵助が好きなんじゃ…いつも兵助のこと見てたじゃないか」

「……」


お前、私の変装見破ったことないくせに。だがよく考えるとこいつは私を『久々知』と呼ばなかった。本当に最初から気付いてたんだ。でもどうして。お前は兵助が好きだったんじゃなかったのか。食堂でも学年対抗オリエンテーションの時でもずっと兵助を見てるのを私は知ってる。それなのにどうして私にしょくらあとを渡す?これは特別な人に渡すものなのに。肩越しに振り返った彼女は足を止めることなく、だけど少し焦ったように言った。


「私、久々知じゃなくて久々知といる鉢屋を見てたんだけど!」













なんだそれ!って叫びながら彼女を後ろから抱き寄せた。





(100214/にやり)
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