久々に見た大吾さんは、黒いスーツにを着ていて、らしくないなあと思いました。

出逢いは何時だったのでしょう。わたしは鈍臭くて何もないような場所で転ぶのが得意技で、その日は怖い顔をした男の人とぶつかってしまいました。何度も頭を下げたけど男の人はニヤニヤ笑ってわたしを路地裏へ引き込もうとしました。怖くて怖くて、声が出なくて、助けも呼べない。抵抗も出来ない。わたしはこのまましんでしまうのではないかと思いました。

その時わたしの手を掴んだのが、大吾さんでした。大吾さんは男の人をギロ、と睨み付け低い声で俺の女に何か用かと言いました。この時わたし達は初対面なので当然大吾さんの女ではなかったのだけど助けてくれているというのは理解出来て、わたしは必死に大吾さんの腕にしがみついたのです。男の人は大吾さんの剣幕に驚いたのかバツが悪そうに去っていきました。わたしは腰が抜けてしまって、その場に座り込んでしまいました。

大丈夫か?と大吾さんは膝を折り目線の高さを合わせてくれました。そんな些細なことだけどひどくあたたかく思えて、わたしはぼろぼろと泣き出してしまいました。情けないとは思いました。でも本当に怖かったのです。だから大吾さんの優しさが嬉しかったのです。嗚呼、嗚呼この人は、噂で聞いたことがある。最近白いダウンを着た風格のある男がキャバクラやバーに入り浸っていると。神室町を牛耳る堂島組長の一人息子だと。怖い人かと思っていたけど、違うみたい。気持ちが落ち着いてきて冷静になったわたしはお礼をしなくてはと思いウチが居酒屋をやっていて、お礼がしたいので是非いらして下さいと口早に言いました。大吾さんは最初困ったような顔をしたけれどすぐにニッと笑ってじゃ、世話になるかなと言ってくれて、わたしは子供みたいに喜んだのを覚えています。

店に着くとお父さんとお母さんがいて、わたしが男性をつれて帰って来たことにすごく驚いていましたね。きちんと説明するとふたり共大吾さんに頭を下げて直ぐさま料理を作ったりお酒の用意をしました。大吾さんみたいな人には似合わないこぢんまりとした居酒屋だったけれどなかなか気に入って貰えたみたいで安心しました。

お父さんとお母さんは奥の部屋へ下がりわたし達はふたりでお酒を飲みました。他愛のないことをしばらく話していたら大吾さんが俺が怖くないのかと言いました。大吾さんはきっと自分がヤクザだからそう訊いているのでしょう。だからわたしは怖くないですと答えました。大吾さんは全然怖くありません。怖い人がわたしを助けたりする筈がありません。それに大吾さんの目は悪い人の目ではないです。そう言ったら大吾さんは目を丸くしてくすくす笑ったのでした。ほら、こんな風に笑う人が怖い訳ありません。

それから大吾さんはほとんど毎日ウチへ来てくれました。時々お土産にケーキを買ってきてくれてすごく嬉しかったです。大吾さんみたいな人がケーキを買いに行くのは恥ずかしかったんじゃないかな。そう思うと面白くてつい頬が緩みました。大吾さんが買ってくるケーキはすごく美味しかったです。きっと高級なものだったのでしょう。いいえ、それ以上に『大吾さんのお土産』だったから美味しく感じたのかも知れません。

だけど大吾さんとお友達になって2ヶ月、大吾さんはウチの店に来なくなってしまいました。町で見掛けることもなくなり、噂もいつの間にか消えていました。電話してもメールしても返事はありません。大吾さんはヤクザなので何か事件に巻き込まれてしまったのではないかと心配していました。そんなわたしを余所に時間ばかり過ぎて、1年が経ちました。

そして冒頭に戻るのです。

白いダウンじゃなくて黒いスーツ。周りにはふたりの護衛の人。下ろしていた髪はオールバックになって、本当にヤクザらしくなっていました。でも、大吾さんらしくないなあと思いました。遠目に眺めて悲しくなりました。大吾さんはもう本当に『ヤクザ』になったのです。きっとお父様の後を継いだのでしょう。トップに立つ人間になったのでしょう。忙しくなって、それでウチに来る暇もなくなったのでしょう。それが悲しくて堪らないのです。もうわたしのことなんか忘れただろうなあ。またお酒飲みたかったなあ。わたしは悲しさでいっぱいになりその場を離れようとしました。すると自分の足に引っ掛かりわたしは派手にすっ転びました。そう言えばコレがわたしの得意技でした。したたかに打ち付けた鼻を押さえて痛みと羞恥に堪えます。街中で転ぶなんてもう嫌だ。ヒールなんか履いてないのに。


「大丈夫か?」


声がしました。とても懐かしい声でした。嘘でしょう。だってそんな、嗚呼。期待を胸に振り返ると大きな手が差し出されていて、辿っていくと望む顔がありました。あの日と何も変わらない彼が、そこにいました。くすくす笑いながら相変わらず派手に転ぶんだなと言いました。呆然としながら大吾さんの手を掴むと強い力で引かれあっという間に立たされていました。


「悪いな、連絡出来なくて。やっと時間が取れたんだ」


悪いことなんかありません。何時だって正しいのは大吾さんです。それなのに申し訳なさそうに眉を下げる大吾さんを、わたしは信じられない気持ちで見ていました。護衛の人は遠くだけど目の届くところに下げているらしく大吾さんはハアと溜め息を吐き出しました。なんだかお疲れのようです。


「よかったら今から飲めねえかな。俺は立場がアレだからもうアンタのとこには行けねえけど…いい店を知ってる」


そう言って笑う大吾さんはやっぱり昔と変わらず、その後交わしたお酒は懐かしい味がしまいました。大吾さんと飲むお酒は美味しいと漏らしたら俺もと返してくれました。

帰りにケーキを買って、それからは…内緒です。





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