久々に見た彼は随分優しく笑うようになっていた。
「Hi、アルシャド」
「…あ」
「久し振りね」
「どうしてお前が英国に?」
「私がインドにいたのは仕事だから。元は英国の人間よ。英国にいたらおかしい?」
アルシャドは納得したように軽く笑った。不思議だ。昔はニコリともしなかった男がこんなに笑うなんて。目に映るものすべてが憎いと言わんばかりの顔をしていたのに。処刑寸前に何処ぞの皇子に拾われたと聞いたが真実だったのか。でもまさか英国にいるとは思わなかった。辺りを見渡すと少し離れた雑貨屋のショーケースに皇子と思われる青年がいた。ふたりでショッピングの最中だろうか。インドの人間であるふたりがこの英国の街中にいるのはなんだか面白い光景だ。
「アルシャドは今、幸せ?」
「あぁ、とても。王子に仕えていることが俺の誇りだ」
「それはよかった。しばらくアルシャドのことを見なかったから死んじゃったかと思ってたの」
「それは物騒だな」
「そう?」
「アグニ!行くぞ!」
雑貨屋に飽きたのか王子がぶんぶんと手を振っている。アルシャドは素早く返事をしてまた私に視線をやった。
「俺と王子は今ファントムハイヴ伯爵という者に世話になっている。しばらく英国に滞在するから、また会えるといいな」
「そう。それじゃあね、アルシャド…いえ、アグニ」
「…あぁ、それじゃあ」
両手を合わせて軽く会釈し、アグニは王子の元へ走って行った。その後ろ姿を眺める。王子は今彼のことを『アグニ』と呼んだ。『アグニ』とは、王子に与えられた名だろうか。インドの神話で聞いたことがある。アグニ───火の神、と。素敵な名前を与えられたものだ。アグニ、と口の中で呟く。それは彼の本来の名前のようにも思えた。
「また会えるといい、か」
それもそうね。小さく呟いて小さく笑った。まさか私がファントムハイヴ家の親戚だと知ったら、彼はまた笑ってくれるのだろうか?
(100206)