夏の太陽とは、春夏秋冬の中で最も意地悪なヤツだと思う。
ギラギラと輝いて、地上の温度をとんでもなく上昇させるのだから。麦わら帽子を被っていてもいまいち意味がない気がする。
上から下から、熱気が襲いかかってくるのだ。
朝起きたらすぐに庭の花壇の水やりをする。この家でお世話になる時におばちゃんと一緒に決めた私の日課だ。
庭に燦々と降り注ぐ太陽の光、きっと花は元気に育つだろうな。そう思うと花を咲かせるその時が楽しみだ。
庭の雑草を抜くことも日課の一つ。一人黙々と除草作業。
どこかに止まった蝉が喧しく音を発している。夏の風物詩とはいえ、煩いものは煩いと思ってしまうのは仕方のない事。
じんわりと額に滲む汗をタオルで拭って、今日も暑い一日になるなと…ちょっとだけ憂鬱になった。


私が樹っちゃんのお家にお世話になって、もう1ヶ月くらいが経っていた。
私の両親は共働きで、出張なんかもよくあったりして、それなりに忙しい毎日を送っている。
そのわりに出張の日にちが被ったりすることはなかったのだが、今回に限って二人が同じ期間で長期出張する事になってしまったのだ。
私は一人っ子で、しかも女の子だし、流石に長い期間を一人で留守番するのは私としても両親としても不安で…。だけども転校するのは絶対嫌で、両親は考えに考えた末、私を樹っちゃんの家に居候させてもらう事に決定したのだ。
元々樹っちゃんのお家とはご近所で、両親が昔からの知り合いだから、家族ぐるみでの付き合いも多い。
樹っちゃんは一つ年上の幼馴染み。学校には今でも一緒に通っているくらいに仲はいい。
そんな理由もあって、樹っちゃんのご両親は快く了承してくれて、私はこうして樹っちゃんのお家の居候になっているわけである。


ぶちぶちと雑草を抜く。この時期の雑草の成長ぶりは異常なまでに早く、抜いても次から次に生えてくる。
集めた雑草は見事な山となっていて、塵も積もればなんとやらだなと思う。
一通りの雑草を抜いた所で今日の作業は終わり。
雑草をごみ袋に入れて庭の隅に置いておく。数日前から集めた雑草も含めるとかなりの量になっていた。


「終わった?」


縁側からぬっ、と樹っちゃんが顔を出す。
今は夏休みで、今日は樹っちゃんも私も部活が休み。
さらに運のいい事に、お家の人は皆出掛けていて…つまり、樹っちゃんと二人きりだ。
うん、終わったよ! と元気に答えれば、お疲れ様、って樹っちゃんは笑う。優しくてふわふわした笑顔。


「ご飯できたから食べるのね」

「うん!」


サンダルを脱いで家に上がる。日光を浴びた床の熱が足からじわじわと伝わってくる。
でも扇風機の風のおかげで多少は涼しい。
暑いのにいつもありがとうなのね。樹っちゃんがお礼を言ってくれる。
しかしながら、庭の手入れは居候させてもらってるお礼も兼ねているから、お礼にお礼を言われるのもおかしな話なのだけど。
それでも、樹っちゃんに笑顔を向けられたらついつい頬が緩んでしまうのだから、私も単純な人間だと思う。まぁそれは、私の樹っちゃんに対する特別な気持ちがあるからなんだろうけど…。
居間には樹っちゃんの言う通り朝食が用意されていて、美味しそうな匂いがする。
白いご飯に目玉焼き、キュウリや大根の浅漬け、そして私の好きな浅蜊の味噌汁、目玉焼きや浅蜊の味噌汁は樹っちゃんの手作り。
ぐぎゅるる、お腹の虫がいいタイミングで鳴った。恥ずかしい。
それに樹っちゃんがくすくすと笑う。余計に恥ずかしくなった。


「いただきます」


きちんと座って両手を合わせる。
樹っちゃんがどうぞ、って言ってから箸を取る。なんだか飼い主によし、って言われてご飯食べる犬みたいな感じ(決して悪い意味じゃないけど)。
一口一口ゆっくりと咀嚼する。樹っちゃんが丹精込めて作ってくれたご飯だ、じっくり味わいたいに決まっている。


「美味しい?」

「うん、美味しい」


樹っちゃんの作るものはいつも美味しいよ、って言ったら、ありがとう、って樹っちゃんが笑う。それだけでこんなに幸せになれる。
樹っちゃんが作る料理も、料理を作る樹っちゃんも大好きだ。
ありがとう、ってふわふわ笑う樹っちゃんも大好き。優しい樹っちゃんの笑顔が大好き。
そう、結論を言えば…樹っちゃんが、大好きなんだ。


あっという間に朝ご飯を食べ終え、扇風機の前を堂々と占拠する。
外は相変わらず暑くて、その熱気が地味にこちらにまで届いてくる。なんと迷惑な事。
スイカ切ったのねー。樹っちゃんが大きいお皿に乗せたスイカを持ってきてくれた。台をはさんで私の向かいに樹っちゃんが座る。
一人分が4分の1ほどありそうなくらいの大きさ。居候の身でこんなに食べさせてもらって、なんだか申し訳ない気持ちになる。


「ありがとう。……ごめんね、樹っちゃんにばっかりやらせちゃって…」

「気にしなくていいのね」


こういうの好きだから。樹っちゃんはそう言って、しゃくっ、とスイカを一口。
樹っちゃんは、私なんかよりずっと料理上手な上に、家事も一人でさっさとこなしてしまう。私のお手伝いとか全然役に立たないくらい。
エプロン着けてる樹っちゃんはほんとに絵になるし、……なんていうか、女の子だったら間違いなく素敵なお嫁さんになれる気がする。そんなレベル。
樹っちゃんがお嫁さんかぁ…なんて事を頭の中で想像しながらスイカを食べる。たっぷりの水分と甘味が口に広がった。
エプロン着てキッチンに立つ樹っちゃんとか、いいなぁ…私が仕事から帰ってくると、おかえり、っていつもの笑顔で迎えてくれる樹っちゃん…ものすごく似合いすぎて顔がにやけそうになる。


「……樹っちゃんがお嫁さんになってくれたらなぁ…」

「えっ?」

「えっ、あ、いや…!」


思っていた事をそのまま口にしていた事に気付く。よりにもよって、どうしてそこを声に出したの私…! なんて今更の自問自答。
でも確かにそれは私の本音だった。
樹っちゃんの事が昔から大好だった。物心つく頃から、優しい樹っちゃんにずっと片想いしていたのだ。
近所の男の子とケンカして怪我して大泣きしていた私を優しく手当てしてくれた樹っちゃん、町内の花火大会で迷子にならないように私の手をずっと握りしめてくれてた樹っちゃん。そんな優しい樹っちゃんが、ずっと大好きなんだ。
でも樹っちゃんは、きっと私の事を妹みたいにしか思ってないだろうから、想いを伝える事は小学生の頃に諦めた。
今のままが幸せだから、今の関係を壊したくないから。私なりに考えた答えだった。
それなのに、それをまさかこんな形で暴露してしまうとは…! 人生最大の失態、いやもうただの恥だ。


(い、今からでも冗談って…! ……冗談、って…)


冗談だよ、冗談。笑いながらそう言ってしまえば、きっと今まで通りのままでいられる。
……でも、それでいいの? 自分に問い掛けられた。
自分自身で決めた事なのに…今のままでいようって…それでよかったはずなのに…。
自分の中の感情が、それを言うのを拒否しているように、笑顔が作れない、声も出ない。
目の前の樹っちゃんが困った顔をしている。樹っちゃんを困らせるつもりなんてないのに…。
そう思っていたら、樹っちゃんが唐突に笑いだす。


「普通、逆なのね」


くすくす、いつもの笑顔でそう言われた。いつもの、ふわふわした優しい笑顔。
とくり、心臓が跳ねる。
嗚呼、やっぱり私は…樹っちゃんが好きなんだ。どうしようもないくらい、好きなんだ。
だから、想いを伝える事によって…今まで築き上げてきた関係が壊れてしまうのが怖かった。樹っちゃんの隣にいられなくなるのが、怖かった、嫌だった。


「ぎゃ、逆じゃないよ! 私にとっては、そうだもん!」


つい、勢いまかせに言い返してしまった。もう後には退けない。
ほとんどヤケだった。樹っちゃんがなんて答えるだろうかとか、これで今までじゃいられなくなるとか、そんな事はもう頭になかった。
台から身を乗り出して、赤くなった顔を真っ直ぐ樹っちゃんに向ける。樹っちゃんの目を見て、熱弁する。


「だって、だって樹っちゃん料理上手だし! 掃除とかもできるし! 何よりエプロン似合うしっ! だから、……だから、樹っちゃんがお嫁さんになってくれたらいいなって、ずっと、そう、思ってたのっ! 私はずっと、樹っちゃんの事! ずっと、好き、だ…から…」


段々と冷静さを取り戻してきて、声が縮こまる。竜頭蛇尾、なんかそんな四字熟語を思い出した。
いそいそ乗り出していた身体を元に戻す。
恥ずかしくて、俯いてギュッと服の裾を握り締める。スイカの汁でシミになるかも、頭の隅でそんな事を考えた。
バクバク心臓の動きが加速して、体温がどんどん上昇していく。扇風機の風も涼しく感じられない。
ジー、ジー、蝉の鳴き声だけが響く沈黙。予想はしていたがやっぱり重苦しい。


「……ごめん、困るよねこんな事言われても…言うつもりじゃなかったんだけど…」

「ううん、ちょっとビックリしたけど、嬉しいのね」


ちょんちょん、樹っちゃんの人差し指が私の肩を軽く叩く。
顔あげてほしいのね、樹っちゃんの言葉にゆっくりと顔をあげる。
樹っちゃんは相変わらずいつもの笑顔だった。私が予想していた反応とは違った事に内心驚く。


「こっち来て。耳、貸して?」

「……? うん、」


樹っちゃんに言われるがまま、樹っちゃんの隣まで来て、耳を樹っちゃんに近付ける。
まるで内緒話をするみたいに、樹っちゃんが手で壁を作って話し出す。
煩い蝉の鳴き声も、静かな扇風機の音も、私の耳には一切聞こえなくなった。
静かな声で、でも確かにしっかりと、私の耳に届く樹っちゃんの声。


「俺もね、ずっと君が好きなのね」


私の頭が沸騰してしまうのなんて、あっという間だった。
樹っちゃんの答えにビックリしすぎて、思わず、嘘っ!? って叫んでしまう。本当なのね、って樹っちゃんが答える。
驚いた、なんてものでじゃない。夢じゃないかと思って頬をつねると、地味な痛さが伝わってきた。
痛かった? と尋ねられて、痛かった、と素直に答える。


「いや、あの、……私は、さ…本気で樹っちゃんにお嫁さんになってほしいとか、思ってるんだけど…」

「んー、まぁ、それでもいいのね」

「え、いいのっ!?」


思わず樹っちゃんに詰め寄っていく。真剣すぎる自分がなんだか怖く思えてくる。
よくなかったから断ってるのね、樹っちゃんの正論に納得する。そりゃそうだ、男の子に私をお嫁さんにしてください! って言うならともかく、男の子にお嫁さんになってください! なんて言って素直にOKなんて言えるもんじゃない。


「どっちでも、将来結婚しても君と一緒に潮干狩りとかできるなら、それでいいのね」


さらりと今すごい事を言われてしまった。樹っちゃんはやっぱり相変わらずの笑顔で、でもちょっとだけ頬が赤みを帯びていた。初めて見るそんな笑顔に、こっちまでまた顔が熱くなってくる。
潮干狩りなんて、寧ろ今からでも大丈夫だよ…! 全力でそんなお誘いをしてみる。
樹っちゃんはちょっと考えて、じゃあ、スイカ食べたら海に行こうか、とのお答え。
嗚呼、なんて幸せな日なのだろう。



























(貴方との夏は、これからのようです。)


fin


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