「いっ…」


やってしまった。
だからといって貝殻を睨み付けても何も始まりはしないのだが。とにかく波打ち際ではしゃぐみんなから離れパラソルの下へとひとり入った。最悪である。クラス全員で海で遊ぶことになった本日只今。女子達はシャツの下に予め仕込んでおいた水着を挙って着用しお目当ての佐伯君にアプローチ。そんななかアプローチするどころか話すら出来ていないというのにあろうことか貝殻を踏ん付けて足を切り結果ひとりで休憩。…痛い。海水やら汗やらが傷口に染みる。


「消毒するものなにかあったっけ…」


レジャーシートに座り用意してあった救急箱を漁る。そして消毒液を発見したとき、頭の上からふと影がかかった。


「うみ、大丈夫?」


え?
顔を挙げればそこには色素の薄い髪の先からポタリと雫を滴らせ中腰になりながら私を覗き込んでいるまさかの人物がいた。


「佐伯君…?」


思わず名前を呼ぶと「はい佐伯です」と笑った。おいやめろ。その綺麗な顔で可愛い顔するな。まじ可愛い。


「うみひとりでパラソル戻ってたからちょっと気になって来てみたんだけど…」
「あー、ごめんね。ちょっと疲れただけ」
「嘘つき。足怪我したんだろ?」


歩き方で分かったよ。と苦笑する佐伯の言葉に顔に熱が集まった。見ていたなら言ってくれればいいのに。変に嘘ついてしまった。これじゃあ意地を張っているみたいだ。


「足の裏?」
「う、うん」


ごめんね触るよ。と、いよいよしゃがんで私と同じ高さになった佐伯君は私の足を掴み傷口を見た。思いもよらぬ展開に手が宙で右往左往する。


「貝殻で切っちゃって…でも別に平気」
「消毒しなきゃ駄目だよ」


そう言うと消毒液とガーゼを手に取り、ちょっと我慢ね。と丁寧にも言葉を添えテキパキと手慣れた手つきで手当をしてくれた。終了、とそのまま私の隣に座る佐伯君にハっとする。お礼言わなきゃ。


「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「…佐伯君はみんなのとこ戻らないの?」
「君はその足じゃ戻れないだろ?」
「私はそうだけど…佐伯君は戻りなよ」
「はは、意地っ張り」
「意地っ…」
「うそうそ。俺も少し疲れたし飲み物でも飲みながら休憩しようと思ってさ」「あ、じゃあ飲み物出すね」
「ありがとう」


相変わらず優しい人だ。休憩なんて嘘なんだろうな。毎日炎天下で動いているテニス部の佐伯君がこの程度で疲れるはずがない。そう分かっていながらも側にいてほしくて私は慌ててクーラーボックスの中からソーダを取り出し手渡した。


「はい」
「サンキュー。お、冷えてるね」


キャップをぎゅっと回すとパキパキ、プシュと音をたてながら蓋が開いた。水滴が滴るボトルを口に運びトプトプとソーダが伯君の口元に流れてく。目を閉じてごくごくと実にいい飲みっぷり。ソーダが通る度に上下する白い喉それがなんだか最高にセクシーでボトルから腕に零れた水滴すら色っぽい。男の人なのに綺麗なんて変かな。


「っは、うまい」


一気に半分以上飲み干した佐伯君はボトルから口を離すと私に視線を向けなんだか狙ったように「うみも飲む?」なんて笑うもんだから。この時点で顔が赤いのなんて自分でとっくに知っているし佐伯君にもバレバレなんだろう。分かっててやってる絶対に。そう分かっていつつも形だけでもせめてもの抵抗として蚊が耳元を掠める音よりももっと小さく拙い声で「いらない」と言った。そしたら佐伯が満足そうに残念だと言って矛盾が生まれる。


「ねえ、うみ」


もうやめてくれ。耳を塞ぎたくなったけど聞きたい。また矛盾。顔を傾けながら可愛く私を呼ぶ佐伯君。わざとだ。絶対わざと。


「さっきからいつ話しかけに来てくれるのか楽しみにしてたのになかなか俺のとこ来てくれないしさ」


より一層楽しそうに笑い私を覗き込むようにずいっと近い距離を取ってきて。そしてそのまま私の怪我した足の甲に、ぽんと置かれた綺麗な手。「ひっ」と間抜けな声と共に肩を跳ね上がらせた私を見てまた満足そうに笑う。おいやめろ。もうやめてくれ。完全にキャパオーバーになった頭で必死に手を動かしその胸を押し退けようと信号を送るがいかんせん力が入らない。なにかの銅像のように固まるだけの間抜けな私を見て佐伯君は、ぷっと笑った。…酷い。
佐伯君の馬鹿。そう言ってやろうと思ったがそれよりも早く覗き込み上目遣いで佐伯君が言葉を続けたのだった。


「駄目じゃんうみ、俺をフリーにしちゃ」


意味が分からないという抗議は受け付けてもらえるだろうか。佐伯君って優しそうな割には案外意地悪なんだな。

拗ねないで、と佐伯君がまた笑う。波の音に紛れて小さな優しい声で、甘え下手で不器用で可愛くなれないとこが好きだよと聞こえたのは聞き間違いだったんだろうか。

視界の端で海と同じ色のソーダがゆらゆらと揺れていた。

夏はまだまだこれからが本番のようだ。



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