「海に行かない?」



うみに海に誘われた。いつもは俺がうみを誘う側なのに今回は逆だった。
台風が過ぎ去った海は閑散としていた。海から吹いてくる風も爽やかだ。


「ねぇ。」

「何?」

「どうして誘ってくれたの?」



彼女の事だから「海なんていつも言ってるじゃん」って言うと思ってた。花の付いたサンダルを脱ぎ始めたうみは俺に背中を向けながら答える。



「夏が終わったから、かなぁ。」

「確かにね、台風がきたらあっという間に秋になった感じだ。」

「まぁ、それもそうなんだけどさ。」



そう言いながらスカートの裾を持ちあげた彼女はサンダルをその場にそろえると海に向かって歩き出した。海に輝くうみの後ろ姿を俺はぼんやりと眺める。
そう、夏が終わった。
全国大会は初戦敗退。正直悔いが残らないというのは嘘になる。みんなで勝ちたかった。今の俺はあの試合で負けた後みたいだ。



「サエ。」



名前を呼ばれて我に返った。スカートをまくったままのうみが振り返っていた。俺もサンダルを脱いで彼女に近づく。素足で歩く砂の上。波打ち際までやってくると、彼女が俺に微笑んだ。



「思ったより水冷たいね。」

「だな。」

「でも気持ちいい。」

「うん。」



寄せて返す波で俺の足元の砂がさらわれる。なんとも言えない感覚が俺は好きだった。動いていないのに、動いているような錯覚に陥る。



「サエ。」

「何?」

「・・・お疲れ様。」

「・・・ありがとう。」



幼馴染のうみには俺の考えなんてお見通しのようだった。俺はそんなうみの手を取ると、彼女の肩にもたれかかった。



「・・・・重い。」

「ムードないなぁ。」

「ムードなんて必要ある?」

「あるある。」

「ないない。」



そう言いながらも俺の頭をぽんぽんと優しく撫でるうみが本当に好きだと思った。今も昔も、きっと彼女には敵わない。一生敵わなくてもいいと思ってしまうほど君が好きだ。口にはしない代わりに、うみの手を強く握った。
動いていないけれど、このまま二人で波にさらわれるもの悪くないかもね。



「サエって意外と甘えん坊だよね。」

「そう?」

「そうそう、樹っちゃんとか剣太郎にべったりじゃん。」

「君にも今べったりして、」

「調子にのるな。」



そう言った彼女にデコピンをくらい、渋々うみから離れる。地味に痛いおでこを摩っていると、予想以上に大きな波がやってきた。波はあっと言う間に俺たちの服の裾を濡らしていく。スカートをまくっていたうみだが、まくった意味も虚しく濡れてしまった。



「・・・・流石にここまで濡れると寒い。」

「だろうな。俺もズボンの裾濡れた。」

「しばらくいたら乾くかな?」

「うーん、どうだろう・・・・。」



うみはそう言うと濡れた裾をしぼった。水がぽたぽたと落ちてまた波に戻っていく。
風邪を引かないうちに帰りたいのはやまやまだけど、繋いだ手を離すのが惜しいからもう少しだけこうしていようかな。せめて秋風で彼女のスカートの裾が乾くまで。
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