無数のオレンジ色の灯りが、暗くなった夜の世界を暖かく照らしている。
いつもはそれほど人通りの多くない道が、今は見渡す限り人だらけ。皆わいわいと楽しそうに賑わっている。
綿菓子の甘い砂糖の香り、焼そばのソースが鉄板に焼かれる音、どれも心惹かれてしまうものばかり。
花火大会の日はいつだってそうだ。騒がしいけど、それは決して嫌なものじゃない。
すれ違う人々の中で響き渡る下駄の音、ほとんどの人が綺麗な模様の描かれた浴衣やシンプルな甚平やら浴衣を身に纏っていた。
かく言う私もその一人。白を基調として赤い金魚が数匹描かれている、お気に入りの浴衣。
せっかくの花火大会なんだから! と嬉しそうに浴衣を着せてくれた母の笑顔が今も鮮明に思い出せる。
髪型だってばっちりセットしてもらって、自分で言うのも何だがそれなりに可愛いと思う。
お気に入りの浴衣を着て、しかも大好きな人と一緒に行く初めての花火大会、心踊るくらいに嬉しい。……ハズなのに。


「どうして春風さんはいつも通りの格好なんですか」

「しょうがねぇだろ、家にそういうのなかったんだから」

「……春風さんの甚平姿、見たかったのに」

「って言われてもなぁ」


むぅ、とあからさまに不機嫌な顔を浮かべても、春風さんはちょっと困ったように笑うだけだ。
そんな事で怒られても、って感じなんだろうなとだいたい察しはついている。
私だってなんでこんな事に不機嫌になってるんだろうって、心の中では自分に呆れているのだ。
だけど、何故だか妙にもやもやした気持ちになっているのも事実。
体格のいい春風さんの事だから、甚平姿もきっと似合うだろうなと淡い期待をしていた分、ノースリーブにハーフパンツという……いつもとそんなに変わらない春風さんの服装に少しだけガッカリしてしまったのだ。
数メートル先で、私の弟と春風さんの弟が射的で随分と盛り上がっている。
コイツらがいなかったら、春風さんと二人っきりになれるのに……と、心の中で悪態を吐くのは忘れない。
しかしながら、小学生の弟達の監視を急遽母達から依頼されているので、一応忠告は忘れない。


「こらー、アンタ達! 無駄遣いしちゃ駄目だからね!」

「わかってるよー!」


弟が調子よく返事をする。本当にわかっているのかと、些か疑問に思うがそこは黙っておこう。
弟同士は同い年で、しかも学校でもクラスメイト。低学年の頃からの仲良しなのである。
仲の良い友達と一緒なら、そりゃ楽しいのも当然だろう。


「はしゃぎすぎて怪我しなきゃいいけど」

「そうならねぇように見てるのが、俺らの仕事だろ」

「……私は春風さんと二人っきりがよかったのに」


ポツリと愚痴った。春風さんには聞こえていなかったようで、ん? って首を傾げられた。
なんでもないです。ってちょっといじけたように答えてしまう。こんな会話がしたいわけじゃないのに……。


「あ、そうだ。ほら、」

「え、あ……」


唐突に春風さんが私の手を取る。
そのままギュッと、優しく手を握ってくれた。
迷子にならないようにな、ってニカッと春風さんが笑う。私の好きな笑顔で。
顔が熱くなる。とくり、心臓が跳ねた。
こういう風に、簡単に手を繋いでくれるのは、嬉しい。大好きな人が手を繋いでくれたのだ、嬉しくないわけがない。
春風さんの手は大きくて、温かい。春風さんと手を繋ぐと、胸がキュンとする、心がぽかぽか温かくなる。
なのに、恋をすると女の子は我が儘になるらしい。与えられる事にひたすら貪欲で、それ以上をもっともっとと欲しがる。
手を繋くのだって、どうせなら恋人繋ぎにしてほしいとか、そんな自分勝手な我が儘を胸の内で求めているのだ。
欲を言えば、髪型や浴衣姿だって褒めてほしい。可愛いって、似合ってるって、言ってほしい……。
与えられる事に貪欲なクセに、与える事には少々無頓着。ほんと、女の子は面倒だ。
歩いて弟達の後を追いながら出店を横目で眺める。たこ焼きとか、リンゴ飴とか、やっぱり定番の出店が多い。


「けっこういろんな出店があるんだなー」

「そうですね。……あれ?」

「ん? どうした?」

「焼そば屋さんにいるの、佐伯先輩と樹先輩じゃないですか?」

「へ? ……あ、ほんどだ。おーい! サエー、樹っちゃーん!」


私の指差す先、弟達に焼そばの入ったトレイを手渡す売店の人が見えたかと思えば、それは佐伯先輩と樹先輩だった。
二人は春風さんと同じくテニス部で、何回かお話した事がある。
春風さんが二人を呼ぶと、その声に気付いて二人がこちらに目を向けた。
パタパタと小走りで焼そば屋さんの前に行くと「いらっしゃい」と佐伯先輩と樹先輩がニコッと微笑む。




「なにしてんだ?」

「見ての通りだよ、焼そば屋」

「町内会の手伝いなのねー」

「ふーん。まぁ樹っちゃんの作る焼そばなら繁盛間違いなしだな。サエもいるなら女子がほっとかねぇだろうし」

「ハハッ、おかげさまでね。二人は? もしかしなくてもデートかな」


佐伯先輩の問い掛けに、春風さんは笑いながら「弟同伴のな」と答える。
春風さんのその答えにはちょっと驚いた。急遽であっても弟達が一緒だから、てっきり春風さんはデートなんて思ってないんじゃないかと思ったから。
春風さんもそう思ってくれてた事が単純に嬉しかった。思わず口元が緩む。


「ダビデが寂しがってたよ、バネさんと行きたかったって」

「ったく、アイツもしょうがねぇ奴だな」

「天根くんに悪いことしたかな……」

「いいんだよ、お前は気にしなくて」

「そうそう。バネさんにとっては、君との時間の方が大切なんだから」


そう言って佐伯先輩は私に焼そばの入ったトレイと割り箸を手渡してくれた。ちょっと量が多めなのはサービスだそうだ。
サエ、余計なこと言うなよ! って文句を言う春風さんにも、佐伯先輩はまぁまぁ、と笑顔で私と同じものを手渡す。
春風さんに目を向ければ、恥ずかしそうに目を逸らされた。少しだけ頬が赤い気がする。


「バネ、俺たちと行くの断ったのね。君と一緒に行きたいからって」

「えっ……」


樹先輩にこっそり耳打ちされ、一瞬きょとんとなってしまう。
花火大会は毎年部活の皆で行くという話は聞いていた。きっと、今年もそうなのかなって思っていた。
皆予定があって、一緒に行けなくなったという春風さんの話に、部活の人達には申し訳ないけどラッキーだと思った。
でも本当は……私と一緒に行きたいから、皆と行くのを春風さんが断った。樹先輩の言葉が、そのまま答えだった。
多分、本当の事を言うのが恥ずかしかったのだろう。春風さんの態度から、そう考えられた。
驚いた、というより……どちらかといえば、ときめいた。


(皆と行くのを断ってまで、私と一緒に……?)


ボッ、と一気に顔が熱くなった。熱が出た時みたいにくらくらしてきそうだ。
嘘をつかれたのはちょっといただけないけど、そんな事より……私と一緒に行きたいと思っててくれた事が、今は何より嬉しくて……。
そのまま二人黙ったままでいると、こーら! と佐伯先輩が大声を出す。


「お二人さん、他のお客さんの邪魔になるから、どいたどいた」

「おいおい、ひでぇな……」

「何言ってるの、もうすぐ花火の時間だよ?」

「早く行かないと、いい場所なくなっちゃうのね」


佐伯先輩と樹先輩に促されるまま、お金を払って焼そば屋さんを後にする。
先輩達はにっこり笑って手を振りながら、「ごゆっくり〜」って私達を見送ってくれた。
春風さんに手を引かれながら歩いていく。さっきよりちょっとだけ汗ばんできたかもしれない。
弟達は私達より先に焼そば屋さんから離れていて、もうずっと先へ進んでいる。
多分花火がよく見える場所に向かっているんだと思けど、このままでははぐれてしまいそうだ。


「もぉ、あんなに離れて……はぐれて迷子になるじゃない!」

「んー、そうだな。そうするか」

「そうするかって……?」

「おーいっ! 花火終わるまで別行動すんぞ! 終わったら入り口の所に集合! わかったか!?」

「うん、わかったぁ〜っ!」


春風さんの指示に、春風さんの弟が手を振りながら答える。二人して大声なものだから、一瞬周りの視線を一気に浴びてしまってちょっと恥ずかしい。
しかしそれよりも、今の春風さんの指示の方が問題だ。別行動なんて、どういうことだろう。
立ち止まって春風さんに意見しようと口を開いた。


「ちょっと、春風さん……!?」

「少しくらいいいだろ? アイツらだって自分達だけで回りたい所もあるだろうし、それに……」

「……? それに?」

「……お前は、俺と二人っきりで回りたくないのか?」

「へ……?」

「俺は、お前と弟同伴じゃない普通のデートがしたんだけどな」


ダメならいいけどよ……って小さく付け足して、目を逸らされてしまった。顔はさっきより赤い。
春風さんは、時々ズルい。普段はそんな言葉、全然言ってくれないのに……いきなり不意打ちで恥ずかしい台詞を言ってきて、私をドキドキさせるのだから。
ダメなわけがない。私だって、それを望んでいたんだから。
ぎゅうう、と春風さんの手を強く握りしめる。


「デート、したいです」


春風さんを見れなかったのは、私の顔が春風さんより赤いと思ったから。
それでも、伝えたい事はしっかりと伝えた。
春風さんと二人っきりでいたい。普通のカップルみたいに腕を組んで、もっと寄り添って歩きたい。そう付け足しかったけど、恥ずかしいから言わないでおく。
じゃあ、決まりな。春風さんの言葉を合図に、再び歩き出した。
タイムリミットは花火が終わる時間。花火が始まるまでには、せめてやりたかった事をしたいと思った。
というわけで、まずは繋いでた手をほどいて春風さんの腕に自分の腕を絡めてみる。
春風さんは一瞬だけ驚いたみたいだったけど、大人しく私の腕を絡ませてくれた。
焼そばを近くのペンチに腰掛けて食べる事にした。樹先輩の作った焼そばは当然ながらとっても美味しかった。
冗談半分で「あーん」って二人で焼そばを食べさせあった。
春風さんとヨーヨーすくいをした。私も春風さんも1つもすくえなくて、おじさんに残念賞だからと1つずつ貰えた。
私は水色のヨーヨーを、春風さんは赤いヨーヨーをそれぞれつきながら歩いてく、勿論腕を組んだまま。
お面屋さんに立ち寄って、春風さんにお面を1つ買ってもらった。日曜日にやってる番組に出てくるヒーローのお面だ。
そのヒーローを詳しく知ってるわけじゃないんだけど、なんとなくカッコいいなぁと思ったから。
頭の後にお面をつけて、綿菓子屋さんに行って、たこ焼き屋さんにも行って……春風さんと二人でいろんな出店を回った。
途中で佐伯先輩達と同じく町内会のお手伝いで店番をしてる首藤先輩に会った。
氷水に浸かったラムネを売っていたので、一本ずつ買ってぐびりと一口。冷たくて甘くて、とても美味しかった。
ラムネを飲み終えて首藤先輩と別れて歩き出すと、葵くんと天根くんと木更津先輩にも出会った。なんだかんだでテニス部の皆と会ったなと笑ってしまった。
バネさんと一緒に行きたかった、って寂しそうに呟いた天根くんには一言謝っておいた。
そしたら天根くんは「邪魔したらバネさんに殴られるジャマイカ……ぷっ」ってダジャレを言って春風さんに殴られてた。
私のせいで皆が春風さんと行けなくなったのに申し訳ない気持ちはあったけど、皆が気にしなくていいって言ってくれてホッとした。皆ほんとに優しいなぁ。


皆と別れて、そうこうしてる間に花火が始まっていて、私達は人混みから少し離れた場所から花火を見る事にした。
そうは言っても人混みから離れているからさほど騒がしくないし、それなりに花火はしっかり見れてなかなかいい位置だと思う。
空に咲いた大輪の花は、毎年見てるものだけどやっぱり綺麗だった。
たーまやー! とか言ってみようかなって思ったけど、止めておいた。恋人と見る花火なんだから、今の雰囲気を大切にしたい。


「今年も気合い入ってんなぁ」

「ほんと、綺麗」


皆が花火に夢中になって上を見ているのを理由にして、私は春風さんにぎゅっ、と密着した。
いつもよりずっと近い距離にドキドキする。春風さんの体温が直に伝わってくる事が、私の体温をどんどん上げていく。
嗚呼、恋人同士なんだなぁって今更だけど思った。


小5の夏休み。帰りの遅い弟を迎えに行った時に春風さんと出会った。
それから度々会う機会が増えて、少しずついろんな話をするようになった。
かっこよくて、優しくて、そんな春風さんを好きになるのに時間なんてかからなかった。
ただ、付き合うまでにはそれなりにいろいろあったわけで……春風さんの卒業式の終わった後、一番最初の告白は見事にフラれてしまったのはかなりショックな出来事だった。
それでも諦められなくて、春風さんに振り向いてほしくて必死にアプローチしてきた。
手作りのお菓子を差し入れてみたり、春風さんの誕生日やバレンタインにも手作りのプレゼントを渡したり……現在進行形でテニス部に春風さんを見に行ったり。自分でもかなり献身的だと褒めたくなるほどだった。
そんな私の努力と周りの人(主に母とテニス部の人達)の協力もあり、中2となった現在、私は夏休み前に見事『春風さんの彼女』という憧れのポジションを獲得できたのだ。
そんなこんなで初めての花火大会、弟の監視員をさせられたりもしてしまったけど、こうして二人っきりで花火を見ることができたから……結果オーライだろう。
それまでの不満な気持ちや我が儘が何でもなくなってしまうのだから、私って相当単純なのかもしれない。


「春風さん、ありが……」


そう言えばお礼も言ってなかったなと思い、顔を上げて口を開いた瞬間……春風さんの顔が目の前を覆った。
そのまま開いた口は塞がれてしまった。春風さんの、それに。
花火の音が耳に響く。ドーン、パチパチ……その音だけが、耳から頭の中に入って反響する。
春風さんが壁になってて周りは何も見えない。誰かに見られてやしないかと、そんな事を頭の隅で考えていた。
音もなく離れる唇、触れていたと証明するように温もりだけが残っている。
重なっていたのはたった数秒間だけのハズなのに、やけに長い時間そうしていたように錯覚してしまう。
ハッと我に返って、今自分がしていた行為を思い返す。


「……春風さん、今」

「ハハッ、浴衣の金魚みたいな事になってんな」

「ええっ、浴衣?」

「金魚みたいに顔が赤いって事」


私の腕からするりと手を抜いて、春風さんは私をぎゅう、と抱き締めた。
実はずっとこうしたかった。耳元で小さく囁かれた。
トクントクンと聞こえる音は私のものじゃなく、春風さんのものらしい。私のよりずっと高鳴る、心音。


「春風さん……」

「ほんとはさ、こう、もっと彼氏らしい事したいんだけどな……俺そういうの、どうしたらいいとか、よくわからねぇから」

「……知ってます」

「……その、なんつーか……浴衣とか、髪型とか、な……似合ってるとか、可愛いって、……普通に言えたらいいんだけどよ。……あああやっぱ恥ずかしい! 俺じゃ似合わねぇ!」


パッと私を離したかと思えば、春風さんはいきなり自分の髪を左手でガリガリと掻きむしる。
一瞬だけ私を見て、目が合うとすぐに逸らされた。
とどのつまり、ずっと恥ずかしくて照れくさかったんだろうなと思う。
恋愛というか、女の子相手には意外と不器用な性格みたいだし、言いたくても恥ずかしいとか自分のキャラじゃないとか、いろいろ考えてたんじゃないだろうかなぁ、とは想像できた。思いの外私の頭の中は冷静だ。
可愛い人だなぁ、って……たまらなく愛しく思った。


「……でも、」

「でも?」

「……そう言いたいとか、そうしたいって思うのは、やっぱお前が、……好きだから、なんだなって……」

「……っ……」


嗚呼、嗚呼、私は只の幸せ者である。
大好きな人から、こんなにも大切にしてもらって、こんなにも好かれて、幸せ以上の何があるというのだ。
なのに私は、一人不満ばかり心で溜め込んで……自分勝手な事ばっかり考えて……なんて馬鹿なんだろうか。
一緒に花火大会に来てくれた、手を繋いでくれた。
二人っきりのデートにしてくれた、腕を組んで歩いてくれた。
優しいキスだってしてくれた、優しく抱き締めてくれた。
浴衣も髪型も褒めてくれた、可愛いって、似合ってるって、言ってくれた。
私の望んだ事を、彼は沢山してくれた。十分すぎるくらいに、私の欲しいものをくれたじゃないか。
そんな優しい彼が好きなのだ。ずっとずっと、大好きなのだ。


「……春風さん」

「ん?」

「ありがとうごさいます」


ソッと春風さんの右手を両手で包み込む。
掌から伝わる温もりに安心する。大きくて温かくて、優しい。
何度言っても足りないくらいの感謝の気持ちを言葉にしてみた。
いつも通りかもしれないけれど、いつも以上の笑顔を浮かべていると思いたかった。
まだ少し頬を赤くしたまま、春風さんは笑い返してくれた。
二人で笑いあえる、今この瞬間がすごく幸せで、愛しくて。
心の底から、この人を好きになってよかったと、この人に好きになってもらえてよかったと思えた。







(来年も、こうして貴方と一緒にいたいです。)
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