300年の時を越えて


学園の放課後、廊下を歩いているとピアノの音色が聞こえてきた。優しく甘い、悪魔の私とは正反対のもの。
素通りしようとも思ったが、その音色がかつての親友を想い出させて出来なかった。
教室の前まで歩き、控え目にノックをする。
「失礼、入っても構わないだろうか?」
ピアノの音が消え、
『トレヴィル先生ですか?どうぞ。』
と声が掛かり、ドアを開けた。
「ナマエ、君か。すまないね、曲を途中で終わらせてしまって。」
『大丈夫ですよ。…それに先生に聞いて欲しかったので。』
「私にかい?」
彼女は優しく笑うと、その手を鍵盤の上に置いた。
「先生、最初から聞いてくれますか?」
『勿論、喜んで。』
彼女の手が滑らかに動き出すのを見て、そっと目を閉じる。曲名はすなおな心。ブルグミュラーの作品だ。私も弾いた事があるが、こんなに優しくは弾いていないだろう。この曲の題名が表す通りに、復讐と絶望に染まった音色だっただろう。
こんな風に私が考えている事を親友が知ったら、私になんというのだろうか。あの時の様に、笑顔であの言葉を…ー
彼女の演奏が終わり、ゆっくりと目を開け拍手をする。
「とても優しく弾けていたよ。ナマエらしい音色だった。」
彼女はほんの一瞬悲しそうに目を伏せると、又明るい顔に戻した。
『有り難うございます。…先生、一つだけ聞いても構いませんか?』
「…ナマエ、どうしたんだい?何かあるのなら話してごらん。話すだけでも楽になるよ。」
彼女は迷っている様だったが、軽く頭を振ると真っ直ぐに私を見つめ、話し出した。
『…先生は絶対に変わらない、風化しない想いって信じますか?』
一瞬の、動揺。
まるで彼女が「先生」で無い、私自身について何か知っているのでは無いか、という疑問が頭を掠めたから。
「私は、信じるよ。そんなに強い想いを持てたら素敵だと思うから。」
不意に彼女が私に背を向け窓際に体を寄せた為、彼女の後ろ姿しか見えなくなった。
『そう…、ですか。私も信じています。風化しない想いっていうのを。先生、変な質問をしてごめんなさい。どうか忘れて下さいね。」
彼女はそう言うと、私の方に振り返りあの優しい笑顔で言った。
あの時の親友と同じ様に…ー。
『トレヴィル先生はいつも何かを難しく考えていませんか?もっと自由になっても良いと、そう思うんです。…すみません、偉そうな口をきいて…。』
ーねぇ、トレヴィル。貴方は難しく考え過ぎ。もっと自由に生きないとねー
「…。そんな事は無いよ。ナマエ、今日は素敵な演奏を有り難う。」
彼女に動揺を気づかれない様に足早に教室をでる。
親友の生まれ変わりなどいる筈が無いと言い聞かせて。

一人になった教室で、彼女は呟く。
『トレヴィル、貴方は悪魔という運命から逃れられるのに。』
ー私は唯、貴方に幸せになって欲しいだけ。彼女が死んで、300年たった今でも変わらない想いを持って生きている貴方はもう、悪魔では無いのにー

300年の時を越えても、あなたを想う
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