一日は終わりに差し掛かっていた。
交代で風呂に入り、相手が終わった所で溜め込んだ洗濯を前に腕まくり。タオルも服も分けずガスガス突っ込んで、目分量の液体を洗剤入れではなく衣類に直かけ。うんうんと嫌がる洗濯機を蹴り、素直になった所で「なんでこうなんだろうか」と、ため息をついた。







初夏、
田舎の金持ちな親戚が養子をとった。


「この子、違う場所が見たいっていうのよ。あなたこの夏泊めてあげてくれないかしら。お金は振り込むから転校前に社会勉強させてあげてよ」



その男の子は施設からとったのだと聞いていたから、束の間でも良いママを演じてあげないといけない気がして。全くガラじゃないけれど、せめて保育士さんくらい、いいお姉さんくらいはやってあげないと、と。かなり気合を入れていた。

優しくて暖かくて包み込むような包容力、どんな時も頼りになる大人。あまり怒らず、いつも微笑んでいて、オヤツにはパンを焼いていそうな。


そこまではできないだろう。
それでもこんな私なりにトライしてみようと、お絵描きか?図工だろうか?と必死に考えて買ったアイテムを、小さな来客の前に並べてみたのだった。



「これは…」

「好きにしていいのよ。壁はだめ」


しかし喜ぶと思いきや。
だんまりを決め込む視線は固まってしまって卓上から動かない。クレヨンもクーピーも触らないし、かと言って自由研究セットも全く興味が無さそうだった。



「…やっぱりゲームかな?」

「あー…大丈夫、あまり気を使わないでください」



やっと長めに話したかと思えば、この余所余所しさ。しかもなんだ、この子供らしからぬ丁寧さが生意気にも感じる。無邪気さは何処へ置いてきたんだろうか。

そしてそこまで思ってやっと気が付いた。施設出の子なら多かれ少なかれ複雑なモノを抱えている筈だ。無邪気さを置いて、冷たく大人びる事を覚えてしまったのかもしれない。

はぁ。
そんな難しい子を私にどう扱えと。



「ちょっとついて来て。お泊りグッズ片付けようか」



気を取直して風呂場から順にまわりながら、適当に説明をしてあげて。貴方のシャンプーはコレと専用の物を出す間も、勿論シーンとしていたが。


「歯ブラシはここに立てて…あ、専用の歯磨き粉あげるね」


これだけは外さないと思っていた戦隊モノのメロン味に関しては、特に目が点だった。


「あー…」

「いや、大丈夫!大丈夫です」

「…」

「ありがとうございます」



その瞬間、相手は子供だけど。
いや、子供だからこそイラッとしてしまった。

というか、理想の。
''いいお姉さん'' が限界だった。



「……………あのねぇ。メロン味が嫌なのは構わないわよ。その…なんなの?大人をわざわざ気に掛けて。さっきから思ってたんだけどそれ気持ち悪い。あんた子供でしょ?子供なら子供らしくしなさい。子供は大人にそんな気遣いしなくていいから」


しまったと思ったがもう遅い。
口から綺麗に出てしまった。

しかし当の本人は気落ちしている訳でもなさそうで、そんな所も何だか子供さが匂わない。ただキョトンとした顔で何かを考えているようだった。


難しい難しい難しいと心で三回唱えて。
良い大人を演じるのが馬鹿馬鹿しくなった私は、迷わずジャケットを羽織った。


「出掛けるんですか?」


「この有休消化したら仕事辞めんのよ。だから会社に菓子折り持っていくだけ。2時間掛からないけど大丈夫?」


「問題ないです、けど。あの、」

「お姉さんと呼びなさい」

「今日この後の予定は」

「ああ…ご飯は買って帰るから待ってて。その後風呂で就寝。鍵占めてね。じゃあ行ってきます」



催促を避ける、遠回しな聞き出し方。
その意図に気付かれた瞬間の、
居心地悪げな複雑な表情。

生意気な事こそ言わないけれど、やはり子供の癖に気を使い過ぎな気もして。見送る最後の顔は…戸惑いだろうか。あんな部屋が大きく感じられる程、置いていく姿は小さく見えて罪悪感。気まずさの塊を背負って逃げ出したのだった。


罪悪感、心配、不安。
後ろ向きな気持ちにもう飲まれそう。



しかし帰宅後、
全ては吹っ飛ぶ事となる。

ただいまと鍵を開け、靴を脱ぐのも忘れてボケっと立ち尽くす私の背を、閉まろうとするドアが中へ入れと押してくる。



「ごめん。火、使ったから」



なんだ…コイツ。

嘘だ。絶対に嘘だ。
悪いなんて微塵も思ってないだろ。



自信満々な、私に見せ付けるような顔でサラダまで並べやがって。ニコリ見せ付ける笑顔は店員のフリか、キリキリといい音立てて、上にペッパーまでかけてやがる。

多分、さっき私が『子供なら子供らしくしろ。子供は大人にそんな気遣いしない』と怒ったから証明しようとしたんだろう。



「食べてきたとか?じゃあコーヒー煎れようか」


「いやいやいや!!!」



無邪気にからかう間にも、
始終絶やさぬ挑発的な笑み。

中身は子供じゃないぞというアピール…というか、ここまでくると攻撃だ。気持ち悪かった気遣いと敬語が消えたのは、俺は子供じゃないからお前と対等だ。…という事なんだろうか。



兎に角もう、これは負けだ。



「解った、解ったから。…子供扱いしすぎた私が悪かった、ごめん。これからは子供じゃなくて友達か何かだと思って考える。だからあんたも大人扱いしないでね。私、あんたくらいの年の子、普通に置いて出掛けていくような奴だから。まともじゃないよ」



「解った」




満足したのか、子供の様にくしゃりと笑ったところを、私はこの時初めて見た。

食卓を前に正座で向き合えば自分よりも低い座高から見上げてくる子供が一人。こんなにも少年な癖して、本当に何と言うか…なんて不思議な生き物か。



「よし、まずあだ名決めよう。何て呼んで欲しい?」

「サボがいいな」

「おっけ解った。サボは私の事なんて呼びたい?」

「ナツって呼ぶ」

「あんた、死んでもお姉さんって呼びたくないのね」

「そのへんはノーコメントで。 じゃ、頂きますか」



昼間よりよく喋る、少し偉そうな、突然大人びた顔を見せたサボに新鮮さを感じながら食べるオムライス。汚い字で「ヨロシク」と書かれた物足りないケチャップを伸ばして一口頬ばれば、何とも言えない居心地の悪さがした。


「面白い顔してるよ、ナツ」

「うるさい。黙って食え」

「俺が作ったんだけど」

「ここ私の家」




オムライスに潜む
見透かされた背伸び。

しかしこの時の私は
そんな事にも気付かない。


大人って、なんなんだろうか。
成人したら?精神構造が熟成したら?感情よりも理性的な判断ができたら?自立的に行動し、その行動に責任が持てたら?定義はあっても実際に使われる大人はあやふやじゃないか。

「大人の考え」「大人の都合」
「大人の事情」「大人になれ」

この揶揄の中にいる大人とは誰なんだ。どんな大人でもどこかに童心や子供心を持っている筈なのに。

妥協、周囲への迎合、事なかれ主義。
感情も本音もさて置き
理性を駆使して残酷なまでにお手本。
完璧な大人像。

そんなの本当は存在しないんじゃないかとさえ思う。華麗に跳ね回る理想論はまるでピンクの幻獣だ。


そうありたいよ、できるなら。
なりないな。ならなきゃな。
そうでなきゃ。

手を伸ばして、みんなが作ったんだ。


何をやったって駄目な人間だと一番自分が解っているから、だから。私はそう思っていたい。








「あれ?…サボのパンツ出てないけど」


「……自分で洗うからいい」


「はぁ?乙女か。子供でしょうが。ほら出しなさい」


「子供扱いやめたんだろっ!!…おいっ…来るな!やめろ!!…はなせぇええ!!」


「うるさい。ここ私んち。私がルール」


「…大人気っないぞ!!…!」


「おやおや大人扱いはやめたんでしょうサボ君。なんとでも言え。ほら調子乗ってると脱がすよ」




諦めたのか、真っ赤な顔で息を吐くサボから力が抜ける。その隙にリュックを取り上げて、名前の書かれたパンツを洗濯機に突っ込んでやった。







【魂胆】
きもったま。たましい。
企み。事情。







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