街の中央にある泉を囲うように、ぐるりと店が建ち並ぶ。
東西南北に道は開けてはいるが、ぐるぐると回っているうちにどこからやってきたのか、初めてこの街に足を踏み入れた者なら一度は必ず迷うこの場所で。
その店はひっそりと建っていた。
店の前には色取り取りの美しい花が、街を彩るように咲き誇っている。
店主と一人の店員しかいないその小さな店は、それでもこの優しい街にはとても重要な存在であるということはすぐに分かった。

「ナツちゃん、今日も可愛いねぇ、店に飾るオレンジの花束を作ってくれるかい」
「…あ、りがとうございます…」

とても小さな声だが、それでも客は嬉しそうに、彼女もやはり嬉しそうに小さく微笑んでいる。
とても控えめな少女だというのは、すぐに分かった。
少し押しの強そうな女性には、今のように小さいながらもなんとか会話をしていたが。

「よう!おやっさんはいるかい!」

このように声の大きい男性だとかには、必死にこくこくと頷いては大急ぎで奥へと駆けていった。
控え目というより、臆病か。
ちらりと時計を見ても、まだ約束の時間にはまだ早い。
少し寄ってみるかと、ほんの軽い気持ちでその店に近づいた。




「どうも、こんにちは」

ビクッと少し大袈裟なほどに肩を揺らして振り返ると、そこには見たこともない青年がいた。
思わず硬直しそうな体を叱咤し、じりじりと後ずさる。

「……な、んで、しょう……」
「そんなに怯えなくてもいいよ」

彼は少し苦笑しながらも、店頭の花を眺めている。

「ちょっと航海をしてるもので…殺風景な船内に飾れるようないい花って何かないですかね」

こうかい…海か。
すぐに航海と出てこなかったものの、私は喉を押し潰すような気持ちで口を開いた。

「あ、の…潮に少し耐性のある花、なら、奥に、あり、ます…」
「あ、じゃあそれをもらおうかな」
「は、い、すぐ、にっ!」
「おっと」

慌てて向かおうとした足が滑った。
花に倒れ込みそうになった私を支えた腕の強さにも驚いたが、それよりもこの青年との異常な距離に心臓が踊り出す。

「〜っ、あ、りがとうございます…っ!」

慌てて立ち上がろうとしたら、手のひらを優しく包まれ、まるでエスコートするかのように立たされた。
なんだ、なんで、どうして彼は、こんなに一つ一つの行動が。
慣れない状況にパニックになりながら奥に向かい、大慌てで一つの花束を仕上げて青年に見せると、彼は一つの小さな花を手にしていた。

「あ、ありがとう!それをもらうよ。あと、これ」
「は、はい、ありがとうございます…」

お金を受け取ってお釣りを渡し、その花束と小さなその花を彼に渡すと、彼は一度受け取ったその小さな花を、そっと私に差し出した。

「え、あの…」
「しばらく滞在する予定なんだ。だから…また来るよ」

シルクハットを被り直し、去って行く彼の後ろ姿に何故か心がざわつく。
その彼は宣言通り、それからほとんど毎日店に来ては花を買って行く。
そして必ず、最初の日に渡された花も付けて買ってはプレゼントしてくれる。
そんな彼の名前を知ったのは、二日目のこと。
三日目には、私に何の花が一番好きかと尋ねられ。
四日目には、名前を聞かれて、名前を呼んでくれと言われ。

そして、今日で一週間。
店の前で花に水をやる私の耳に、この数日でようやく慣れてきた彼の声が聞こえる。

「よ、ナツ」
「…こ、んにちは、サボ…さん」

私はまだ、この胸が騒ぐ意味を知らない。
だけどサボさんとの時間を、密かに楽しみにしているのも確かで。
そんな私達の噂が広まっているなんて思いもよらなかったけれど。
サボさんが、毎日くれる花だけは、最初から私が彼に抱く気持ちを知っていたのかもしれないと。
その一枚一枚の花弁に撒き散る雫を見ながら、私は今日も来てくれるであろう彼を待つ。
私がその花びらに想いを乗せるのは、そう遠くはない未来。



【撒く】
水などをかけ散らす。ふりそぐ。
ついて来た人を途中で置き去りにする。

マーガレットの花言葉
恋占い、誠実






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