きっと大丈夫。 おれはいつでも上手くやってきた。 だから、大丈夫。
このオモイは飲み込んで、 密やかに、密やかに。
「なァ、ナツ」 「はいはい」 「腹減ったんだけど」 「何か食べればいいじゃん」 「…おれ帰って来たばっかなんだよ」 「私もなんだけど」
そりゃそうだ。 つい先刻、おれとナツとコアラの3人は、『東の海』での潜入を終えて帰って来たばかり。
気を利かしたのか何なのか、早々にコアラはハックの元へと姿を消し、部屋に残されたおれとナツは、なんとも言えない空気に包まれる。
別に、おれ達は付き合ってるわけでもなんでもねェ。 ただただ長い時間、共に過ごした大切な仲間。 …ってだけでも、ねェけれど。
「サボ、オムレツ作ってよ」 「はぁ?」 「あの、ジャガイモがたくさん入ったやつ」 「めんどくせェ」 「いいじゃん。私、サボのオムレツ大好き」
ね?と、小首を傾げるナツは酷く煽情的で、そんな顔をされちまうと、何も文句が言えなくなるのもわかっていた。おれは、ナツが。
自惚れではないが、ナツも同じ感情を抱いているのは丸分かりだ。いつから?そんなのわからねェ。きっと、ここで初めてドラゴンさんに引き合わされて、お互いの視線が絡み合った時から、ずっと。
おれ達が途方も無い程の馬鹿だったなら、後先考えずにオモイを全て打ち明けていたのだろう。けれど、お互いの立場もあれば、まわりの視線もある。おいそれと伝えられないもどかしさばかりが、肌を刺し、心を抉る。
「…しょうがねェな」 「あは、ありがとう」
徐に立ち上がりキッチンへと向かうおれの背中に、『だから大好きだよ、サボ』と、泣きそうなナツの声が突き刺さる。こんな時でしか、こんな風にしか、気持ちを伝える事が出来ないなんて、とんだお笑い草だ。それでも、その一言が熱を呼び、更なるオモイを増長させる。
「ケチャップたっぷりねー!」 「ど阿呆、黙って待ってろ」 「んふふー」
薄くスライスしたジャガイモを軽く炒めながら、ナツの鼻歌に耳を澄ませる。この時間が、なんて事のない瞬間が、何よりも幸せで何よりも苦しい。
「お待たせ」 「いい匂い!ほんっと美味しそう」 「美味いに決まってんだろ」
行儀よく両手を合わせたナツは、フォークでゆっくりとオムレツを掬いあげると、そのまま女らしからぬ大口を開けて頬張った。
「おいひー!」 「…ナツ、美味そうに食うよな」 「ん、美味しいからね!」 「ハハッ、お前のそーゆートコ、好きだよ」
こんな時でしか言えないから、おれもまた、自分用のオムレツを口にしながら、隠すように言葉を紡ぐ。その言葉を受け止めたナツは、泣きそうに笑いながら、ありがとうと呟いた。
胸が詰まる。
「…ね、サボ…」 「…っ、ほら、冷めない内に食っちまえよ」
思い詰めたような表情を浮かべたナツがおれの名前を呼ぶもんだから、思わず急かすようにオムレツを進める。ダメだよ、ナツ。そこから先は言ったらいけない。
「サボ、わたし…わたしね…っ?!」
あと一瞬でも遅かったら、ナツはソレを音として唇から零していただろう。ソレを聞きたいし、おれだってソレを音としてナツに伝えてしまいたい。けれど、おれは臆病者でズルイ男だから。人差し指でナツの唇に蓋をして、薄く笑って見せた。
「ケチャップ、付けてんなよ。ガキか」 「サ、ボ…」
そのまま指に付着したケチャップを舐め取り、然も何もなかったかのように食事を続ける。上手く行ったはずのオムレツは、何だか少し、苦かった。
「サボはいつもそうだよ」 「…何が」 「何でもわかってるようなふりして、何にもわかってない」 「わかってるさ」
わかってるから、何も出来ないんだ。 いつか言ったろう? おれは誰よりも臆病者で、誰よりもズルイんだって。
このままでいいかと問われて、両手放しでいいなんて言えない。お互いの気持ちが浮き彫りになればなるほど、もどかしくて苦しいこの距離だけど、それでも、壊れてしまうよりかは幾分楽なんだろう。
「ズルい」 「…何とでっ、?!」 「へへ、ついてる。ガキか!」
何とでも言えばいいさ、と紡ぎかけたおれの唇は、ふにりとした感触によって阻まれた。それがおれの真似をしたナツの人差し指だと気付いたのは、悪戯に微笑んだ彼女と視線が絡み合ってからだった。
「…真似すんなよ」
カッと込み上げる何かを隠すようにじろりと睨んでみたけれど、おれと同じように指に付着したケチャップを、口内に招き入れるナツを見たら、腹の底で何かがずくりと疼いたような気がした。
だって、ナツの顔、ケチャップみてェに赤いの。 そんな恥ずかしいならやるなよっつーの。
「何照れてんだよ」 「べっ、べべ別に…!」 「…んと、可愛い奴だな」
もう、知らねェ。 立場?視線?それがどうした。
真っ赤になりながら挙動不審になるナツに顔を近付けて、ぺろりと、一舐め。 舌先に感じる柔らかい感触に、今にも押し倒しそうになるけれど、そこはぐっと堪えて頬杖をつきながらナツの出方をうかがう。
「サッ…な…!」 「…ん?」
パクパクと唇を開閉させて、こちらを見やるナツの顔を下から見上げながらゆるりと口角を引き上げた。もう、我慢とかしてやらねェんだ。壊してやるよ、こんな壁なんか。
「ああ、ケチャップ。ついてた」 「なっ…なっ…!ついてる、わけ…っ!」 「ついてたんだよ」
ここに。
そう告げながら、ナツの後頭部に手を差し入れて、ぐいっと引き寄せ唇を貪る。さっき舐めた時の柔らかな余韻も手伝ってか、おれの欲は止まることを知らなくて。
「…ふ、サボ…」 「お前が悪いんだからな」 「何を…」 「折角、大事に大事にしてきたっつーのに」
もう、我慢なんてしてやらねェ。 立場がどうした、まわりがどうした。 おれはおれの道を突き進んでやる。
任務も惚れた女も、何もかも。
全力でぶち当たってやろうじゃねェか。
「ナツ」 「…サボ?」 「好き。すげェ好き」
驚きに目をまん丸にしたナツを、息も出来ないくらいに、ぎゅうっと強く抱き締める。そのまま、何も言わせないとでも言うように再度唇を塞いでやれば、おずおずと背中に細い腕が回されて、おれはそれを答えとして受け取った。
大切に大切にしてきたオモイ。 大切に大切にしてきたキミ。
勇気を出して少し壊して見れば 今まで以上に、大切なオモイとキミが見えた。
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