小さい頃から水が好きだった
特に水泳が得意だとか、夏は何度も海に遊びに行くとか、
そんな事はあまりなくて
学校の水泳授業でも、泳いでも特に可もなく不可もなく平均値だったし、どちらかと言えば海より地元の区民プールに数回行くようなものだった

それでも自分の中で水は特別で
昔は水道の蛇口を開けっ放しで流れ続けるそれを眺めてよく怒られてしまった

深海図鑑なんて、どんな本を読むより面白く、興味が湧いた
真っ青な海は実は深く真っ黒で
そんな中での世界にとてつもなく魅了された

伴い、私は魚が好きだ
食べる方ではなく、見る方で
だからこの今の状況は、私にとって至福の一時と言える


言える、至福の一時なのだ
なのになぜ、

なにゆえ隣には約束とは違う人が立っていて、高くのびた水槽を眺めているのだろう



「どうしたの?」

「えっ」

「魚、綺麗だね」

「う、ん……」



周りは暗く、間接照明がポツポツ灯る
人も疎らで、ゆったりとした空間に
水族館ならではの水槽に光が反射して、キラキラと小さくサボの顔を照らした


綺麗、

水槽の中を優雅に泳ぐ魚たちはもちろん綺麗だ
だけど、それを眺めるサボは物凄く、
心臓に悪いほどに色っぽく、艶やかで、
男の人なのに、私が嫉妬するくらいに、綺麗すぎる



「サボ、あのさ」

「ん?」

「どうして、サボが」

「どうしてか、分からないの?」


分からない
サボがなんでここにいるのか
私は今日、エースと水族館に行く約束をしていた

昨日の夜だって、遅刻したら寿司奢れよな!なんて、水族館に行くとは思えない事を言ってきた
それに笑いながら、エースの方が心配だね、そう返して電話を切ったはずだった

なのに、今日の待ち合わせ場所にはエースではなくサボがいた

待ち合わせ場所に着くまでに、あの人格好良かったねとか、
同い年くらいかな彼女はいるのかなモデルかなとか、
頬を少し染めて楽しそうにそんな話をする女の子達とすれ違った

モデルがいるのか、どれほどに格好良いのか
そんな期待でエースとの待ち合わせに急げばそこには「やあ、遅かったね」と手を上げたサボがいた


最初は自分にとは思わなく、胸の前で拳を握りソロソロと辺りを伺えば「ふふ、君に言ったつもりだったけど」と柔らかく笑われて恥ずかしくなった


周りにいた人々が、ヒソヒソとサボを見ている
格好良いね、彼女かな
そんな言葉が恥ずかしくて、サボに迷惑がかかると急いで手を引けばサボは更にハッキリと笑った



そんな待ち合わせから今に至る
水族館の中に入ればひとつひとつを丁寧に見回るサボについて行くのが必死だった

暗い中を、手を引かれそうになればそれも羞恥で引っ込めた
「サボ」と名前を呼んで
「うん、どうしたの?」
そう返されるのさえ恥ずかしくて、サボの名前を呼ぶことすら心臓が速くなる


「魚って、気持ち良さそうに泳ぐよね」

「うん、綺麗…」

「僕が来て、吃驚した?」

「え、」


突然の言葉に一気に目線をサボへ向けた
水槽の中を見つめ、少しだけ傾げた首をこちらへ移し
ゆっくりと、優しいサボの瞳と視線が交差する

喉の奥に引っ掛かった、サボの名前
口から出したくて、音に乗せたくて、それでも出てこない名前をぐっと飲み込んだ

緊張して、張り裂けそうだ
ゆらゆらと揺れる波紋の光
何色かと聞かれれば、シャンパンゴールドの光色と
それに重なる水の、水槽の、サボの、
青光

深海のような深く真っ黒な色ではない、

大好きな、大好きな色だ


サボの事が、好きだった
昔から

いくら手を伸ばしても届かなかった
サボは幼馴染みであるエースの友達で
出会ったのは確か、中学生くらいかな

それが今ではもう社会人を何年もやっている、良い大人になった


近いようで遠かった、

エースをネタにサボに近づこうとしてみたって
私の手にサボが捕まることはなかった
サボに触りたかった、サボに触られたかった


その瞳に射抜かれたかった
私しか映らなければ良いなんて、

そんな事をもう何年も、何年も考えている

それでもやっぱりサボは私には遠すぎて
エースと飲めば「またサボに女が出来て、今度はマジで可愛い」とか、そんな話を涙が出る思いで笑いながら聞いていた

それなのに、どうしてサボは今私の隣にいるのだろうか

どうして、サボ
サボは遠くて、遠すぎて、
こんなに手が届く距離にいていいわけ、



「っ、!」

「捕まえた 」

「サ、」

「エースに聞いたんだ、今日ここに君と来るって。思わず飲んでた酒を吹きそうになったよ。だって、どうして僕じゃなくてエースなのかな、ってね」


気がつけば、サボとの距離は随分近かった
宙を切った、意味もなく上げた手を
サボは「捕まえた」と言って握った

ぎゅっ、と優しく力強く

私の指先を自分の口元へ持っていく
その仕草がやけにゆっくりで色っぽくて、ドキドキと耳のすぐ傍に心臓があるみたいだ


爪先に、ちゅっと小さな音がした
口角だけを上げたサボ

爪先に、サボの吐息がかかってくすぐったくて


「エースが、水族館のチケットを貰ったっ、ひゃ!」

「うん、うん、それで?」

「や、サボっ」

「どうしたの、恥ずかしい?」


捕まえられた手を引いて、サボはもう片方の腕で私の背中をグッと引き寄せた
自然と腰に手を回されて
くっついた体が熱くて、咄嗟に「エースが、」と続けた言葉に少し不機嫌になったサボから目が逸らせない


「エースに譲ってもらったんだ、チケットも君も」

「え、」

「僕以外と二人になんてさせないよ」

「サボ、くすぐった、い」


サボの低い体温の手は私の頬を包む
長い指が、耳をくすぐって
人差し指と中指で

少しだけ、耳を塞がれた

真っ赤に染まる顔を隠せず
それでもハテナを浮かべればそれに気づいたのか、サボは小さく笑った



「ふふ、君は贅沢だね、僕の声だけで十分なハズなのに」



甘く笑ったサボは今までに見たこともないほどに
色っぽくて、男らしくて

包まれているサボの匂いに、頭の奥から侵食して
目眩と同時に酔いそうになる






【水が好きなら溺れてみせて、息が出来ないほどに溺れれば】
【愛をのせた酸素をあげる】





(タイトル一覧へ戻る)




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -