「…困った王女様だな、本当に」

サボは自分のベッドにナツを寝かせるとその端っこに座りながら呟いた。ナツはむにゃむにゃと先ほどから夢の中である。
サボは彼女の頬を撫でた。風にあたりひんやりとしてはいたが、まだ酔いは覚めないようで頬の奥の方はじんわりと温かい。
ナツの頬を撫で髪を撫で、彼女の長いまつげを見つめる。今までずっと一緒にいた。ナツがサボの家に泊まることなんてしゅっちゅうだし、サボだってナツの家に泊まることは多々あった。しかしそういう…こう……サボの思うような男女関係さ驚く程ない。そんな無理やりにしたい訳ではないが、やっぱり好きなのでそういう事を考えていないと言えば嘘になる。
するといきなりナツの目がぱちっと開いた。サボは驚いてビクッと背中を震わせると彼女の顔を覗き込む。

「おい、どうした?大丈夫か?」
「んー喉乾いた…芋焼酎ください」
「まだ言ってんのか!!水持ってくるから」

サボはベッドから立ち上がると台所へと向かう。コップに水を入れてサボは寝室にいるナツの元へと戻る。ナツの身体を抱き起こすと彼女の唇にコップの縁を寄せる。しかし飲もうとしていないのか、酔っているせいで上手く飲めないのか…水は口内に流れ込まず、顎と首を伝いナツのシャツの襟を濡らした。

「おいおい、ちゃんと飲めってば」
「上手く飲めない…口に入ってこない」

ナツは赤い顔を歪めてコップの縁をペロペロと舐める。彼女からしたらもちろん無意識の行動だ。しかしサボには妙に官能的に見えて仕方ない。

「チェンジで。芋焼酎ロックお願いします」
「だからねェって!居酒屋じゃねぇんだから!!」
「ふぇ?居酒屋じゃない…?ここどこ?」
「どこって…おれん家だよ。お、れ、ん、家!!」

サボはボヤボヤと目を擦るナツに言い聞かせるようにそう言った。彼女は「ワープだすげェ」と言いながらヘラヘラと笑った。
彼女はいきなり、すうと息を大きく吸い込むと布団を抱き締めて幸せそうに微笑んだ。その謎の行動にサボはコップ片手に不思議な顔をする。

「どーりでサボの匂いがいっぱいする訳だねー」

ナツはそう言いながら布団の匂いを嗅ぐ。サボは顔を真っ赤にして頭を抱えた。酔っているとはいえナツの言葉を聞き彼は赤面しながらしどろもどろになる。

「おまえなぁ…!!もーおれ怒っちゃうよ?!」

耳まで赤くして取り乱した結果、サボは少しキャラがぶれた怒り方をする。ナツはにゃはっと小さく笑うとまた足を投げ出して仰向けになって寝る。

「おい、もう水は要らねェのか?」
「んー飲みたい。飲ませて」

"口移しで"とそう付け足すとナツはサボに舌を突き出す。彼女はサボがムラッと来ていることに気付いていない。サボはコップの水を口に含むとナツに近寄る。
大丈夫だ、大丈夫なはず。アルコールのせいで脳がふやけてる。さっき飲んだ酒が今更効いてきたのか。ナツは酔ってて多分記憶がない。さっきのもそうだ、自分が居酒屋にいるのかおれの家にいるのかそれくらいの区別も付いていないじゃないか。口移しで水を飲ますぐらい...............。
サボは自分にそう言い聞かせて仰向けになるナツに覆いかぶさるような体勢になる。サボが口に水を含んでいると分かっているナツは、すぐに彼の口へと自分の口を持っていった。ちゅ、と唇を重ねるとナツの舌がサボの唇を割って侵入してくる。
ナツは水分を求めようとサボの口内を掻き回す。もう口移しで水というか……それ以上のことをされてサボはオロオロとする。

「ちょっ…ナツ……待てってば…!」

サボは迷った末、ナツの肩を押して少し強引に離す。サボは息を切らし赤い顔を彼女に向ける。一方ナツはのほほんと穏やかに笑っていた。

「ん…サボの味がする」

ふにゃりと笑いながらナツはそう言った。酔いのために自分のしている事に気付いていないのなもしれない。そう考えたら、悩むだけ無駄か?今ならナツを自分のものにするチャンスだ。強行突破ではあるがサボの我慢はとうに限界に達している。
幼稚園の時から数えて気付けばもうお互い社会人…ナツ以外の女と何人もの付き合ったがやっぱりサボの心の中にいるのはいつもナツ。ナツの笑顔が脳裏にこびりついて仕方ない。どんな女を抱いていてもナツの姿が消えることはなかった。

「なぁ…ナツ、もっかい」

サボはベッドに身を沈めるナツに再び唇を寄せる。彼女はなんの躊躇いもなく近付いてきたサボの唇を受け入れた。んっ…と小さい嬌声を上げると熱い息を吐いてサボのキスに応える。

「ん…サボ……なんで…?」

離れた唇からナツの声が漏れた。卑屈に眉をひそめて濡れた瞳がサボを捉える。

「何でって…おまえが好きだから」
「……サボの嘘つき」

何故かいきなり泣きそうな目でナツは言う。

「サボが私好きなんて嘘」
「嘘な訳あるかよ、ずっと好き」

ナツは目を丸くしてサボを見つめる。本当?と驚いたように目で問いかける。

「幼稚園ん時からずっと好き。でもおまえバカだから気付かねェし、全然おれのこと相手にしてねェし」

サボはナツへの不満をつらつらと言い始める。彼はとうとう言ってしまったと頭を抱え彼女に顔が見えないようにした。
するとナツは驚きの一言を言った。

「気付いてたよ。ずっと前から」

淡々とした声にサボはバッと顔を上げる。
気付いてたなんて言葉がまさかナツの口から出てくるとは思わなかったのだ。今までそれらしい態度を取っていたが彼女はサボのそれを全く無視していた。今になってそんな事を言われても…嬉しい嬉しくないではなく疑問の念がの方が遥かに大きい。
ナツは、もじっと恥ずかしがるように小さくなった。

「サボはずっとあたしをバカにしてるのかと思ってた。ずっと前から幼馴染だし、サボ女の子にモテるし」

ナツもサボ同様に不満を語りだす。ナツにはナツの理由があり、サボの心を見て見ぬ振りをしていた。

「あたしもサボのことずっと好きだったのに…言うタイミングないし、サボはあたしからかってるし」
「からかってなんかねェよ…あーおれの十数年なんだったんだよ」

はぁ…と思い溜息をつきながらサボはナツの隣に倒れ込む。でも、結果オーライだ。時間こそ掛かったがサボの夢見ていた言葉をナツの口から聞けた。
サボは隣で寝転がっているナツの頬を撫でると問い掛ける。

「……なあ、酔ってる?」
「うん。酔ってはいるかな」
「明日起きたら覚えてねェとか…」
「まさか。それはないよ」

酔いが醒めているのか、呂律も元に戻っているので安心した。ナツは寝返りを打ってサボの方を向いた。サボもそれを見て寝返りを打つ。互いに向き合うとサボはナツを優しく抱き締める。ぎゅうっと抱いたナツの身体は予想以上に細かった。
思えばそうだ、さっきおぶった時もこいつちゃんと食ってるのかと思う程に軽かったのをサボは思い出す。身長も体重も、体つきも筋力も…子供の頃と比べればすごく変わった。それは当たり前のことであはあるが、ナツとの共通点がどんどん無くなっていくようでサボは寂しかった。時間が経つにつれて幼馴染という立場に縛られていく自分が憎らしい。サボはそれがようやく解けたような気がした。

「なぁ、ナツ……ちゅーしていい?」
「さっきしたじゃん。無理やり…」
「違ェだろ!!ありゃおまえが誘ったんだろ」

サボは水を口移しした事なのかそれともその後のキスなのかどっちか分からない。だが別に後悔はしていない。

「今まで辛かったなぁ、長かったわ」
「あたしも辛かったなぁ、長かったよ」

ナツはサボの胸の中で彼の真似をしながらそう言った。

「なぁ、いいだろ?キス」

サボは少しナツから離れると彼女の額にキスをして誘う。ナツはサボの胸に押し付けていた顔を上げて彼を見る。
ふっと口元を歪めるとサボはナツにキスをした。互いの口内を味わうように舌を絡める。ナツはサボの首に手を回して金色の髪の毛をクシャリと掴む。サボは彼女の髪の毛を撫でて腰に手を回す。

「…んっ……サボぉ……好き」
「おれも…おれ大好き」

サボはナツの唇を甘噛みするとそう言った。ふふ、とナツは笑うとサボの鼻先にちゅっとキスをする。

「そこじゃねェだろ、ココしろよ」

サボはニヤッと笑うと自分の唇をトントンと指差す。ナツは渋い顔をしてサボの胸に抱き着き顔を見られないようにした。

「…まさか年末にこんな幸せが残ってるなんて思ってもみなかったよ」

サボは明るい声を出しながら呟いた。寝室の電気は点いていなく暗いままだったが、窓から差し込む月明かりで部屋の中はぼんやりと伺える。
いつも一人で見てる月と変わらない。満月じゃないのにこんなに心が満たされているのは何故だろう。その答えなんて探すまでもない。気付けばナツは静かな寝息を立てていた。
そんな彼女を抱きしめ直してサボも目を閉じる。












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