「にゃははは、まだ酔ってないよ〜ん」 ナツはビールジョッキを片手にそう高笑いをしながら言った。まだ飲むのか、というくらいに彼女はビールを水のように飲み干す。 「ナツすごいねぇ相変わらず」 コアラは陽気に笑いながら言う。そして皿の上に残る唐揚げにレモンを絞るとひょいと口の中へ運んだ。もぐもぐと口を動かしてサボの方に目をやり、「ねぇ?」と彼に同意を求める。 「おいナツ…おまえ飲み過ぎだ」 サボは店員を呼んで芋焼酎を追加しようとしているナツにそう言った。彼女はヘラヘラと笑いながら言葉にならぬ言葉で店員とやりとりをしている。 「いもりょーちゅーをおれらいひまふ」 (芋焼酎をお願いします) 「え…あの、何を言ってるんでしょうか…」 ナツと店員がしている会話がこれだ。もはや会話は成立していない。彼女はおそらく自分が何を頼みたいのかも分からないくらい酔っている状態だった。身振り手振りをして懸命に伝えようとしている。 サボはナツの理解不能のそれに困り果てる店員に「取り消しだ」と言って帰した。彼女は隣にいる部下に寄りかかりうとうととし始める。隣の彼は困った素振りを見せながらも満更でもなさそうにしていた。それを見たサボはムスッと横目で彼を睨む。 今日は革命商事の忘年会。20人前後の社員が集まり居酒屋の個室で飲んだり食ったりをしていた。開始二時間まではまだ会話が弾み穏やかな空気が流れていた。しかし日付の変わる時間に進むに連れて徐々に意識が飛んでくる者が現れる。べろんべろんに酔っ払いグデングデンになっている者はナツだけではない。 サボやコアラも飲んではいるが、意識がなくなるまではさすがに飲んではいない。 「ちょっと〜ドラゴンさん起きてくださいよ〜」 納会をしている個室は座敷なのだが、その部屋の片隅では酔っ払ったドラゴンが猫のように丸くなって寝ていた。そんな彼をコアラはゆさゆさと揺らして起こそうとする。 「ん〜サボきゅ〜ん、ちゅっちゅー」 そんなコアラを他所に部下に寄りかかっていたナツは、何故かいきなりサボの首に抱き着き頬にキスをする。ちゅっちゅー、と言いしているところを見れば酔っているからだろうが周りはヒューヒューと無駄に囃し立てる。 「もーナツ起きろ!!水飲めバカ野郎!!」 サボは少々イラつきながら自分に縋り付くナツを離し、彼女の口元にお冷の入ったコップを付ける。しかし彼女はいやいやと首を横に振りそれを拒否した。 「サボ〜口移ししてよー」 「調子乗んな。川に捨ててくぞ」 「川はやらぁー。あたひ泳げなーい」 ナツは何故か涙を流しながらサボの言葉にそう答えた。もう情緒が……サボはそう思いながら、自分の胸に抱き着き眠りに就こうとするナツを介抱する。 「そろそろお開きにするか…うん、そうひよう」 ドラゴンがムクリと起き上がりながらそう言う。酔っているのだろう、ナツ程ではないが滑舌が回っていない。 「いやぁ〜今年も大儲けらったな、うん。おまえらありらとーな」 ドラゴンは笑いながら回らぬ舌でそう言った。締めの言葉のはずなのに締まらない。だが彼らしいと周りは笑い、忘年会は無事お開きとなったのだ。 一同は酔っ払い立てなくなった者らを介抱しつつ店の外へと出た。サボは何故か荷物持ちになっていて、両手にはナツではなく沢山の鞄が持たれている。 ナツはコアラに抱えられフラフラと千鳥足で外に出てきた。ドラゴンもハックに抱えられナツ同様、フラフラとおぼつかない足取りで歩いていた。 サボはとりあえず持ってきた鞄を本人らに渡すべく配っていく。そして最後の鞄を渡し終わり、軽くなった腕をぐるぐると回していると、とある女性社員がサボの腕に抱き着いて来た。 「サボさぁ〜んあたし酔っちゃった」 頬をほんのり赤くして彼女は甘い声でサボにそう言う。彼女の名前は麗子。社内でナツやコアラに並ぶ美人だと言われている女だった。サボは麗子を横目で見ると、またかと言わんばかりに彼女には見えない角度で嫌な顔をする。 「ねえ、サボさんの家連れて行って?」 なんて事を言う。言われた彼はあからさまなその対応に眉根を寄せる。 「…お持ち帰りの相手はおれじゃなくても良いだろ」 「いや。サボさんじゃないと嫌なの」 彼女は背の高いサボの顔を下から覗き込む。良いから離れろ、と言うとサボは自分の腕にまとわりつく麗子を半ば無理やりに離した。 彼女は不満げにサボの顔を見つめる。そして少し尖った口調で言った。 「またナツさんですか………」 サボはその言葉にピクリと反応する。麗子は彼のその対応にクスリと小さく笑うと続けた。 「あの方、サボさんなんて眼中にないんじゃないんですか?」 彼女はそう言いながらコアラではなく、他の男性社員に抱えられたナツに目をやる。サボはその光景を目に映してそうかもしれないと胸中で呟く。 サボとナツは幼馴染。ちなみに、サボはナツのことがずっとずっと前から好きだった。幼稚園から大学まで一緒…それは決して"たまたま"なんかではない。ナツは勉強も出来たし仕事も出来るが、それ以外には驚く程に鈍かった。そのせいでサボはナツの事で悩みに悩んでいた。 「ナツさんは確かに綺麗でいい人だけど…サボさんのやり方じゃ無理ですよ、あたしにしときましょうよ」 この女はよく分かっているとサボは思った。 サボの心に気付かない鈍い鈍いナツ、そして自分の気持ちを素直に言えなくて幼馴染のままでいるサボ。この両者の心理状態とその立場を麗子はよく分かっている。今の言葉はだからこそのものだった。 図星ね?と言わんばかりに麗子はサボの口元に寄る。周りはその光景に気付いていたが、見て見ぬ振りをした。酔っている者が殆どだったうえに、麗子がサボを狙っている事はナツ以外が気付いている事だったからだ。 「いや、おれ、おまえみたいなグイグイ来る女はタイプじゃねェんだ」 サボは唇が触れる寸前で麗子の肩を押して自分から退ける。悪いな、と添え言葉を置くとそそくさとサボは彼女の前から姿を消す。 麗子は去り行く彼の後ろ姿を見て溜息をつく。手強ないなぁ、なんて言いながら歩くたびに揺れるサボの金髪を見つめていた。 「サボくーん!ちょ…ナツちゃん起きないし!!」 コアラがサボにそう叫びながら、男性社員の腕の中で項垂れるナツに目をやる。コアラはナツの頬をペチペチと叩くが起きる気配は一向にない。 「ったく……おい、ナツ。帰るぞ」 サボは自分以外の男の腕の中で何も考えずに眠るナツにムカついて仕方ない。彼女の腕を無理やり引いた。しかしナツは嫌だと言ってまた眠りに落ちる。彼女を抱える男性社員も満更でもなさそうにしているのがサボは気に食わない。 「てめェいい加減にしろ、早く来い」 少し重めの声でそう言いながらサボは彼女の腕を引く。それが少々強かったのか、痛いと言って彼女は眉をひそめた。 「サボさん、イイっすよ。ナツさんの事はおれがやっとくんで」 彼はナツに触れるサボの手をさり気なく払う。サボは怖い顔して彼を睨んだ。彼はその視線に少々怯みながらもサボに負けまいと気迫を増す。 サボはそうかとだけ言うと掴んでいたナツの腕を離し、勝手にしろと呟いて彼らから離れた。ナツのことを好いている社員は少なくない。ここぞとばかりにナツをものにしようとしている者は少なくないのだ。 サボはそれも分かりつつ、自分の心にも素直になれず…ゆるゆると曖昧な態度をナツに向けていた。それを今更後悔することになんなんてと、サボはらしくない事に口をへの字にさせる。 「サボ〜待って。あたし、サボと一緒に帰る」 名前を呼ばれて振り返れば、ナツがフラフラとしながらサボの方に歩いて来ていた。彼女は顔を真っ赤にさせ半開きの目で真っ直ぐにサボを見ている。 フラフラと懸命に歩き、サボの元にようやく辿り着いたナツは操り糸を切られたマリオネットのようにコテッとサボの方に倒れ込む。 彼は自分の方に倒れてきたナツをふわりと抱き込んで彼女に視線を落とす。静かな寝息が聞こえて先程の男性社員も唖然としている。 「……コアラぁ、おれたち帰るわ」 「あらー本当?うーん若いね〜」 「…うるせェよ。おまえも同期だろ」 コアラはサボをおちょくるように軽い口調で言う。酔っ払いの社員たちが中学生男子のようにやらしい顔してヒューとサボとナツに向かって口々に言う。 「おまえらうっせェよ!!さっさと帰りやがれ!!」 「ふふ〜サボくん、ヤッちゃってもいいと思うよ」 叫ぶサボの耳元でコアラは可愛い顔してそんなことを言う。彼はちょっと顔を赤くしながらうっせェと小さく言った。 どうやらドラゴンやコアラ、他の残りはは二件目へ行くようでゾロゾロとサボとは逆の方へと足を進める。もう終電はないのでそちらに行く者がほとんどなのかもしれない。 サボはナツをおんぶして帰路に着く。彼の家はここから十数分歩いた所にある。飲み帰りには少しキツい距離だ…しかし背中のナツの為にも早くしなければならない。 指先に当たる風がやけに冷たく感じる。もう夏も秋も過ぎて冬なのだと年末の今になって実感した。ざわざわと街路樹の葉が寒そうに音を立てて揺れる。ナツの身体は大量にアルコールを摂取しているせいか火照っていた。 サボは時たま止まりナツが落ちないようにポジションを維持する。 「サボぉ…寒い……」 「そうか、ごめんな。すぐ着くから」 ナツはそう言うとサボの首に縋り付いた。マフラーをしていなかったのでナツの腕がマフラー代わりになって丁度良い。 サボは嬉しくてやんわりと微笑むと足を進める。
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