「それはなに?」

「え?」


窓から差し込む日射しにパソコンの光り
おまけに天井から必要以上に白く照らすLED

書類を片付けながらふと気づいた資料不足に溜め息を吐いてイスから立ち上がった
キャスターがコロコロと勢いよく転がるものだから、片手に止めれば目前のデスクに誰もいない事が一瞬見えた

足りない物を頭に入れて、ちょっとした休憩ついでに資料室に向かった
ここは少しだけ薄暗くて、落ち着く
LEDに照らされて、パソコンの光りに目頭を押さえる必要のないこの部屋は
本が好きな私には合っているのだと、思う



「えっと……確か、これ」

手探りで何となくな記憶を辿った
思った通り、そこに置かれた資料に手を伸ばし、満足すれば別の棚にある本を何冊か取ってみた

この会社の資料室は不思議だ
ひとつの部屋の半分が資料で埋まり、もう半分は図書館みたいな、
ものすごく沢山の本が綺麗に並んでいる

薄暗いのは、ただ単純に外の光りがシャットアウトされているだけで
よくある誇りっぽさなどは全くない
だから落ち着くし、居やすいのだ

部屋の奥には机が置かれていて
そこで書類作成をする社員もいれば、私みたいに休憩がてら読書をする社員もいるようで

だが今日は水曜日
ノー残業日である本日に、わざわざこの時間に休憩を取ろうなんて人は誰もいないようだ


「っ、」


なんて、思っていたのに
どうやら先客だ

机に片肘をついて、頬を支える白い指が異様に綺麗に見えたのはなぜだろう
普段はジャケットを着ているのに

ああ、さっきデスクを見たとき、イスにジャケットがかかっていたな
此処に来ていたなんて、必要な資料があるのなら部下に頼めばいいのに

この人は、解らない


「お疲れ様、です?」

「え、あ。吃驚した、まったく気がつかなかったな、ごめんね」

「っ、いえ」


私の声かけに、下に向けた目線を上げた
パチッと合えば、やわらかく、優しく目元が笑った


「資料なら、私が取りに行ったのに」

「そうか、じゃあ今度からお願いしようか」


ははっ、と笑う
薄暗くて静かな部屋にそんなサボの声が響いた


ぼぅ、と立ち尽くしていれば
「俺の前で良かったら、座ればいい」

そう言って机をトントン、指で鳴らされて慌てて腰をおろしてみる


サボとこんな近くで話すのは久し振り、いやもしかしたら初めてかもしれない
サボ、だなんて呼び捨てだけど
本当は私の上司で

よく笑うかと言われれば真逆な、無口な人
そんな言葉が合うかもしれない

優しくて、大人で余裕もあって
そんなサボに憧れている女性社員はどれ程にいるのだろうか
私もその内の一人なんだ

たったその内の、一人にすぎない



「それはなに?」

「え?」

サボは相変わらず資料に目を落としていたから
私も資料をまとめる事にした

デスクに戻った方が捗る
パソコンもあるし環境も仕事をする場である
だが、どうしても今ここを離れたくはない

サボと同じ空間を
少しでも一緒に過ごしたいだなんて、あぁ私はいつの間にこの人をこんなに好きだったのだろう

なんだか小さな笑いが喉をついた


「面白い内容?」

「え、あ!すみませんっ、そうじゃなくて……」

「こっち向いて」

「ふぇ、冷たっ」


急に頬を撫でる冷たさに、背筋がヒヤリとする

近くで聞こえるはずのサボの声がよく聞こえない
彼はなんて言ったのか
よく聞こえない

耳のすぐ近くに聞こえるのは、ドクドク鳴っている心臓の音
口をぱくぱくさせながら、眉間の間にちょんっと人差し指が触れた

そのまま頬を包むように掌を添えられて
親指でゆっくり左右に目の下を擦られれば自分より低いサボの体温が冷たくて
顔に集まる熱を冷ますにはちょうどいい、そんな事を考えてしまったから

ガタッと机が鈍い音を上げたなんて、気づかなかった



「サボ……?」

「よく見せて」

「ち、近い……っです、」

「うん、俺の視界には君しか映ってないからね、きっと距離も近いかな」

「なん、で」



机が鳴った鈍い音は
サボが机を乗り出した音

頬に添えられた手で顔を少し上に向かされる
微妙に見下ろされて
ドキン、と心臓がまたひとつ大きく悲鳴を上げた

一気に縮まった距離に何て言っていいのかわからない
ただ私を見下ろすサボの顔が綺麗で、ふわりとくすぐるサボの匂いに酔いそうで
こんな唇が触れそうな距離

もどかしくて仕方がない


「隈が出来てる、いけないね」

「あ、……最近、眠れなくて」

「どうして?」

「どう、して……?」


最近眠れないのは何故?
私は読書が好きだ

昔は寝る時間も忘れるほど、本に没頭していた
でも最近、本はあまり読まない

今も棚から手にした数冊の本を、借りようとは思っていない
今ここで全部読んでしまおうなんて、思っていない


じゃあなんで本を手にしたんだろう
いつから本に触れる時間が減ったのだろう

いつから、何かを考えて
眠れないのだろう


「本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である」

「え?」

「最近、本を読んでいる姿を見ないね」

「っ、」

「その代わり、よく目が合う気がするんだ」



サボは優しく笑った
私の瞳に、ちゅっと音をのせた


「隈が出来るほどに、俺の事でも考えているの?いけないね、でも許してあげる」



【これからはちゃんと眠れるように、俺が君を想ってあげようか】



本を読まないということは、自分の世界に閉じ籠らなくても
そのひとが孤独でないという、他人を想いれる成長と
証拠である、あいされる約束事である





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