私には、好きな人がいます。
友達でも何でもないけれど好きなんです。

目が合って、会釈して
他愛もない会話を一言二言
それだけでも好きになってしまったんです。

彼の屈託のない笑顔とか
少し癖のある髪の毛だとか
全部全部、好きなんです。




「いらっしゃいませー…あ、どうも」
「…はよ」
「空いてますよ、いつもの席」
「ん、サンキュ」



毎週水曜日の午前7時30分
決まった曜日の決まった時間に彼は来る。
そして必ず決まった席に座る。



「ええと、ご注文もいつもの…?」
「あぁ、勿論」
「ふふっ。かしこまりました」



注文だっていつも同じ。
ブラックコーヒーに、キャロットマフィン。
飽きたりしないのかな?


彼がこの店に来る様になってもうすぐ半年だ。
必ず水曜日に。一度も来なかった日はない。
雨の日も、風の日も。

来はじめの頃は肌寒かった気候も、
今では茹だるくらいに蒸し暑い。

それなのに、決まってホットを頼むんだ。
ポリシーなのか、頑固なのか。



「お待たせしました」
「ありがとう」
「…同じので、飽きないですか?」
「うん?」
「あ、ススススミマセン!」



え?と驚いた様に視線を上げる彼。
私ってばいきなりお客さんに何を…!
でも、でもね。



「飽きねぇよ、アンタが運んでくれるから」
「え?」
「…何でもない」



慌てふためく私をからかうように、
ちょっぴり唇の端っこを吊り上げて。
ボソリと彼が呟いた。

その内容に勘違いかと聞き返せば
何でもないとそっぽを向かれた。
やっぱり聞き間違いだったのかな、
そう思おうとしたけれど。

どうして彼の耳の端は赤いんだろう、
もう、本当に勘違いしてしまいそう。



「…ごちそーさん」
「あ、あの…!」
「ん?」
「な…んでも、ないデス」
「…そっか」



ありがとうございましたと告げれば
くしゃりと笑いかけてくれる。
そんな笑顔見せられたら
ますます想いが募っていくと言うのに。

『お名前は?』『彼女いますか?』

聞きたい事が何一つ聞けなくて、またお越し下さいの言葉と共にそれらは全て飲み込んで、店を出る彼の背中を見送った。時刻は午前8時丁度。いつも30分きっかりで店を後にするんだ。
30分だけの、私と彼との時間。




______


何て事のない、残りの曜日。
それらを平凡にやり過ごしたなら
また水曜日がやってくる。

私と、彼を繋ぐ、水曜日。

一週間に一度切り、
それもたった30分だけれど
楽しみで大切な時間。

だったのに。



「ああああ!私のバカバカ!さいてー!」



私は、自分史上最高速度で走ってる。
まさに全速力、酷い形相。
簡単に言えば寝坊した。
きちんと目覚ましをかけたのに
消してしまってたなんて。


ぜぇぜぇと息を切らしながら、辿り着いた店先。チラリと腕時計に目線をやれば、時刻は既に8時15分。なんて事だ、彼はきっかり30分しか店にいないのに、これじゃあ今日は会えないじゃないか。

遅刻した、という事よりも
彼に会えないという事の方が
何倍も何倍も辛い。

自分でも気付かない程に、
私の世界の中心は彼になってたんだ。



「遅刻して、スミ…ま、せ……っ?!」
「…よぉ」



項垂れながら扉を開ける。
カランとドアベルが鳴って店内を見渡せば、遅刻なんてした事ない私を驚きの目で見詰める店長と、そして何故か、いつもの席で頬杖をつきながらこちらを見詰める、彼がいた。



「え、なんで、え?え?」
「…今日は随分と遅いんだな」



何で、どうして、と。
ぐるぐる定まらない頭で彼に近付く。
彼もまた、苦笑いを浮かべながら立ち上がる。



「あ…の、寝坊…しちゃって」
「なんだ、寝坊か」
「は、い…」
「良かった。心配したんだ」
「え?」
「店長に聞いても連絡がねぇって言うからさ、倒れてんじゃねぇかとも思ったんだけど」



流石にアンタん家、知らねぇからさ。
そう続けながら頬をポリポリかいて微笑む彼。



「待ってて…くれたんですか?」
「あー…、その、まぁ」



先週と同じように、
彼の耳の端っこはほんのり色付いている。
そんな顔してそんな事言われたら
勘違いに拍車が掛かる。

でも、うん、でもね。
彼の座ってた席に残るコーヒーカップ
お皿に残るパンプキンマフィン。



「なんで、…ブラックじゃないんですか」
「ブラック、苦ぇもんよ」
「だって、いつも…。マフィンも…」
「…なんでだろな。まぁでも、」



キャロットマフィンは、
アンタ考案って聞いたからさ。

そう告げて照れたように、
顔中くしゃくしゃにして笑う彼。
見た事ない表情に
心臓を鷲掴みにされたみたい。



「あぁ、そうだ」
「?」
「おれね、サボっつーの」



サボ。
初めて聞いた彼の名前。
忘れないように、刻み付けるように
何度も何度も反芻して噛み締める。



「あ…私は──っ」




不意に塞がれた唇。


一瞬何が起きたか分からなかったけど、彼の唇に塞がれたのだと気付いて瞬時に頬が熱を帯びる。だって、ここは店内で周りには店長も他のお客様もいるんだから。
 
そして私の名前は、
音にならず彼の口内へ吸い込まれた。



「知ってる」
「なっ、にを…」



ゆっくり唇を離した彼…サボは、
薄く笑って私の名前を呼んだ。

出会ってから半年
ようやくお互いの名前を知った。

彼が本当は甘党だと言うことも、
人参が死ぬ程嫌いだってことも、
そしてちょっぴりカッコつけだと言うことも
今日初めて知れた。

でも
これからまだまだたくさん知る事がある。
私達の夏は、ここから始まる。











そんな も愛しいのです

(ブラック飲んでる男ってさ)
(はい?)
(かっこいーじゃん?)
(…ええ、まぁ)
(それにさ、)
(?)
(覚えて貰えるから、アンタに)
(…サボさん)






(タイトル一覧へ戻る)




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -