恋に落ちるというのはどういう感覚か。 そもそも、好きってなんだ。 その疑問を、たまたま側にいたエースやルフィにぶつけてみれば案の定、同じ顔して首を傾げた。 そんな私達に呆れて下を向くサボに目を向ければ、呆れたような、しょうがないなという感じの目で見られて。
「きっとそのうち、わかる時がくるだろ」 「…かなぁ」
一人、私達と違う回答を持つ彼に気付く。 あ、サボは誰かに恋に落ちたことがあるんだと。 その時はいつの間にかおやつの取り合いでケンカを始めてたエースとルフィの仲裁に入ったから、聞く暇もなかったわけだけど。
「エース!ルフィこっち来てない!?あいつ私の弁当持って逃げたんだけど!!」 「じゃあもう手遅れだな」 「サボ」 「ぷはは!前の時間体育だったんだろ?諦めろ!」 「そんなぁ、あいつ吊るし上げなきゃ私の胃袋が許さない」
学校を駆けずり回って末っ子を探すも、その本来の目的であるお弁当は既に手遅れだなんて。 空腹でイライラして悲しくなる私に、目の前に神々しく輝くクリームパンが差し出された。
「ナツ、おれの食べとけ。何かまた買ってくるから」 「え、いいよ!私が…買ってくるから…」 「ふはっ、そんな悲しげな顔してたら皆気にするだろ」 「…じゃあ、半分こしよ?」 「ったく…」
エースは意地悪だけど優しい、ルフィもバカだけど優しい、サボは、とびきり優しい気がする。 昔はそれに甘えてたりもしたけれど、今は、それが少し嫌だ。
「サボ君、今度の委員会のことで話があるんだけど…」 「ああ、わかった。わざわざありがとな」
その優しい笑顔が、女の子の顔を真っ赤に染め上げて、もっと可愛らしくしてしまう。 それを見る私の顔は、その正反対。 心には黒いモヤがかかり、表情はさも気に食わないというのがありありと出てしまっている。
「ナツ、ルフィのこと許してやれよ?あと今日は三人で先に飯食ってろ」 「何で?」 「あー、さっきの奴と話する時いつもその辺で食いながらだから」 「わかったじゃあね」 「ナツ?」
"奴"だとか、"いつも"だとか。 そんな言葉にいちいち引っかかって、半分こしたクリームパンの甘さなんて忘れてしまった。 ルフィへの怒りも、なんだかもうどうでもいい。
「ナツ!」 「エース…何?」 「おま…はぁ、何だよ、サボにだって彼女ぐらい出来んだろ。今のお前、アニキ取られて拗ねてるみてーに見えるぞ」
…"彼女"?"アニキ"? あの子は、サボの彼女なの?
ルフィ、エース、サボ。 幼馴染のこの三人とは、確かに兄弟のように過ごしてきた。 兄だとか、弟だとか、確かにそんな感覚もあるけれど。 何でこんなにも違和感を感じるのだろう。
もやもやとした気分のままでは、ご飯も喉を通らない。 美味しそうな料理、いつも通り騒ぐ二人。 だけどここに、一人足りない。 そんなこと、今までにもあったのに。
今、あの子と一緒にいるの?
何故か昼間見たあの女の子と、サボの笑顔が過ぎって、不意にぽたりと画面に滴が落ちた。 ハッとして見ると、ケータイの液晶にサボの番号を表示したまま固まっていたらしい私の頬に、冷たい感覚がいくつも筋を作っていく。
「え、うそ、なんで…」
動揺していつの間にか押していた発信ボタンにも気付かずに、私は何度もそれを拭った。 私は拗ねてるのだろうか、アニキを取られて? あの子は、サボの彼女なの? ぐるぐると同じ疑問が頭の中を回り、サボの笑顔が頭を過った時。
『ナツ?』
どこかからサボの声が聞こえて、息が止まりそうなほどの衝撃を受けた。 思わずキョロキョロと辺りを見回して、その声の元を発見する。
「え、あれ、…サボ?」 『どーした?』 「え、いや、あれ?な、何?どうしたの?」 『いや、お前からかけてきたんだろ?』 「あ、あれ…?」
思わずグスッと鼻を鳴らすと、それを聞き取ってしまったのか。
『…泣いてんのか?待ってろ、すぐ帰る』 「え、は!?泣いてない!泣いてないから帰ってこなくていいよバーカ! バカサボ!彼女と仲良くしてれば!?」
動揺し過ぎだ。 いらないことまでポンポン出てくる口を閉ざせば、電話の向こうのサボまで静かになる。
『…もしかしてさ、ナツ…いや、やっぱ帰って直接聞く、待ってろ』 「え、ちょ……切れたし」
サボ達と私の家は隣同士だ。 だから余計に兄弟という感覚が強いのかもしれないけど、何故今更それに違和感を感じるのか。
「あーもう何で」
イライラする、モヤモヤする、これからサボが来ると思うと。 なんだか落ち着かない。 もう何回も、何万回も来てるはずなのに。
「ナツ、入るぞ」 「え、やだ」
やだと言ったのに入ってきたサボは、まだ制服だった。 きっとさっきまであの子といたんだ。 そう思うとまた、私の眉間にシワが寄る。 おかしい、さっきまで別の感じでそわそわしてたのに。
「何だよその顔」 「やだって言った」 「本気じゃないだろ。…目、擦ったな。赤くなってる」
サボの伸びてきた手に、何故か体を引いてしまった。
「…逃げるなよ」 「に、逃げてない」 「なぁナツ、正直に言えよ?」
サボの真剣な目に、思わずこくりと頷いていた。
「お前、妬いた?」 「焼いたって、何も焼いてないよ。今日のご飯ルフィの大胆肉料理だもん」 「いや違う、そっちの焼くじゃない。あー、うん、大丈夫、これは想定内だ落ち着け」 「な、何の話してんのサボ」
独り言を言い始めたサボに怪訝な目を向けても、サボがなんだか緊張しているかのような雰囲気に私までつられて固くなる。
「いや、お前がこういったことに鈍いのは百も承知だからな」 「だから何の話…」 「お前、あのー…昼間の奴のことどう思う?」 「昼間のって…」
私の顔がまた険しくなる。 なんだ、今更彼女の確認ってか?
「あーいんじゃない、可愛くて、うん。彼女なんだって?よかったね、さっさと帰れ」 「…要するに気に食わないと」 「そんなこと一言も言ってないじゃん」 「じゃあお前、いいんだな?おれがあの子と、こうやって手を繋いだり」
そう言ってサボは、何故か私の手を握った。 昔とは違う、傷だらけで小さな手じゃない。 いつの間に、こんなにゴツゴツとした男っぽい大きな手になっていたんだろう。 そんな風に考えると、頬が熱くなってきた。
「…デートしたり、キスしたりしても、何とも思わない?」
サボが、あの子と。 手を繋いでデートして、キスしたり? 目の前にあるサボの真剣な顔を見て、その光景を想像して。 私はまた、ぼたぼたと涙を零した。
「お、おい…」 「や、やだ!何か、す、ごい、やだ!」 「泣くなって、もしもの話だろ?」 「っ、サボ、バカ!」
どうして考えるだけで苦しくなるの。 どうしてこんなに心臓の辺りが痛いの。 どうして、サボに彼女が出来るとこんなに嫌なの。
「なぁナツ、一個ずつ確認したいことがあるんだけど」 「…な、にさ…」 「まず、あいつとおれはただのクラスメート。彼女じゃないから、そのジト目をやめなさい」 「…彼女、じゃないの?でも、あの子」
明らかにサボを好きそうな素振りだった。 でもそれを、サボは否定する。
「…おれは、ずっと好きな奴が他にいる」
その言葉に、今度こそ息が止まった。 目がじんわりと乾いて、奥から泉のように涙が溢れて。 何で、本当にどうして。 答えがわからなくて、サボを見ると、サボの目が見たことがないような切ない目をしていることに気付いて、胸が更に締め付けられた。
「なぁナツ、それは、おれを想って泣いてんのか?それとも、ただのアニキが離れたように思えて寂しいからなのか?」
ただのアニキだとは思ってない。 むしろ多分、いつからか思わなくなっていた。 寂しい…とはまた違う。 これは、
「…、苦しい」 「…うん」 「胸が、ぎゅーって締め付けられるみたいに痛い」 「なぁ、こうしたら、ナツはどうなる?」
そう言うとサボは、突然私を抱き締めた。 ぎゅっと力がこもって、サボの逞しい体を感じて。 嗅ぎ慣れたサボの匂いと熱になんだかくらくらして、動悸が激しくなった。 これだけ密着していれば、サボにも聞こえてしまっているかもしれない。 バクバクと速まり続ける心臓と、どんどん熱くなる顔を見て、サボが嬉しそうに笑う。 それを見て、さっきまで痛かった胸がきゅんと疼いた。
「やっと、落ちたな」 「な、ななな何が?」 「前までおれが言ったところで、信じるどころか盛大な勘違いをするから言わなかったけど、やっと言える」
そう、笑ってたサボが私の耳に唇を寄せた。 そして低い声で言葉を落とす。
「ずっと、おれが好きだったのはナツだよ。ずっとずっと、言いたかった…」
一際大きくドクンと鳴った胸に、唐突にすとんと降りてきたもの。 じんわりと身体中に広がっていくものに、今度は別の意味で涙が流れた。
「…何でまた泣いてんの」 「…っ、」 「もうどうせ、おれ止めらんないけど」
いいよな?と言って、サボの熱い唇が重ねられた。 鼓動は身体中を叩くように激しく、だけど凄く幸せな気持ちになって。 もっとという気持ちで、サボの制服の袖を握れば、もうなんだか止まらなくて。 堪らない気持ちになって、私はさっき降りてきたばかりの答えを再認識した。
はるか昔の私へ 恋とは、自然に落ちて始めてわかるものではないでしょうか。 好きって多分、自然と内から溢れてしまうのではないでしょうか。 今、やっと私はわかりました。
抵抗する間も無く、自然とすとんと落ちた感覚と。 そこからじわじわと溢れてくる好きという気持ちに、私はやっと笑ってサボに言った。
「好き、サボ」
【無抵抗】 1 抵抗をしないこと。反抗しないこと。また、そのさま。 2 抵抗がないこと。また、そのさま。
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