今日も世界のどこかに朝が来る。
昼がきて、夜がきて 廻る廻る世界の、 あちこちで始まるご飯の時間。 いただきますと、めしあがれ。
美味しそうに食べるその一口と、 幸せそうな顔を見るために。
小さなワンプレートに 大きな愛を乗せて、 みんなみんな、 大好きな君を見ている。
【1plate 1love】
「いつまで経っても恋愛対象として見てくれないのよ!!もうこんなに手を尽くしてるのに!ああ、思い出したら憎くなってきた。もういい!やめてやるわ。それでいい女になって…好きだと言ってきたところで土下座させて!その背中を超可愛いヒールで踏んでぐりぐりしながら嘲笑ってやるんだから!!その後…」
「恐ろしい女ね…!怖い、アタシあんたが怖いわーん」
「よおおおく言ったわ!ヴァナータ、それでこそ女よ!」
16:00ごろ。 友人宅、キッチンにて。 私は決心した。
心を鎮めて、胸の中に青い炎を燃やす。さあ、標的は好きだった人。…だった人。
「食べなさい!!」
ご飯の時間でもなければお腹も空いていないけど、これをご飯というには物足りない。差し出されたのはそんな 、小さなカップのスープだった。きっと私がフラれたようなもんよと大袈裟に触れ回ったせい。
星型の人参はボンちゃんの係りだったんだろう、誇らしげなブイサインの先には絆創膏が付いていた。ああ…もう。こんなだもん。私はきっと、絶対に彼の背中は踏めやしない。
「腹が減っては…戦はできぬ!!」
強気に笑う二人を前に 仕方なく、一口。
すると溢れる押し込めた涙。拭うためにフォークを置けば、肩を組んで微笑む二人にまもなく私も巻き込まれてしまった。
多分どう転んでも無理だろう。でも隣には、強がりな私を笑ってくれる友人が二人、いつまでも傍に居てくれる 。 ……あ。だったらこの位置から地道に、死ぬまで追い掛けてやるのもありか、なんて。今日もやっぱり諦めきれなかったなと、私は最後に残したオレンジの星を食べた。
21:00 疑惑のディナーは静かに始まった。 並べられる食器の音が、抱いた疑問を代弁する様に、ただかちゃりと鳴る。
「どうせあの女が作ったんでしょ」
黙って皿を配膳する手はスマートさを保ち、それがその答えのようにも思う。しかしライフスタイルは公私混同、誰でも出入りするこの部屋に居た怪しい存在をどう説明する。
「あら…美味しい」
しまった、私今怒っているのに。 そう思って見上げれば、煙草を吹かす手を休め、堅い表情をだらしなく崩していた。
「それは良かった」
ベンはこんな顔で笑う人だったか。 その顔を見て見事にスマートさを欠いた私は、ステーキを食べるつもりでトマトにナイフを突き入れてしまっていた。
もう。怒ってたのに。 小さく笑うこの人に、悔しながら沈黙の愛を見てしまった。だから仕方なく、暫くはこの沈黙を信じてみようかという気になってくる。何も語るだけが愛ではないのかもしれない、と。
ワインを一口、 もう一度、もう一度。
スパイスの効いたステーキを口へ運ぶ度、益々表情は崩れていく。そして彼と対照的な私は、遂に沈黙を守る事ができなくなっていた。
「この味、凄く私好み」
14:00 何処かの町の道すがら。 去りゆく背を追い、 私はひたすら駆けていく。
待って、行かないで!
「来るんじゃねぇよい」
喉がカラカラで息が苦しい。それでも必死の訴えをやめたくなかった。連れてって、私を連れてって。置いていかないで。たくさん叫んでふらつきながら追い掛ける。すると男はやっと振り向いて、倒れそうな体を抱き上げ、背中をゆっくりと撫でてくれた。
「おいおいおいおい、なんで犬」
「水くれてやったら離れなくなっちまったんだよい。サッチ、こいつに飯」
そうなんです、お腹すいてるんです。一生懸命耳を下げてそうお願いしたら、サッチさんは大きな溜め息をついてから、ふわふわと首元を撫でてくれた。
「よし、イイコで待ってろよ」
その後出てきたのは お皿に山盛りの、人間が食べている様なご飯。ああ、確かこれはピラフっていうやつだ。
私は嬉しくて嬉しくて、水も飲まずに夢中で食べていた。その間もずっと私を眺める二人は優しく笑う。 ご飯ってお腹を満たすだけじゃないんだね。そうひしひしと感じて、気持ちが伝わるように尻尾を振り、全力で二人に飛びついた。 「ごちそうさま!ご飯って美味しいね!」
10:00 今日はなんでアラームが 鳴らないんだっけ?
薄着で微睡むベッドの上、中々目覚めない私を起こしたのは、甘い甘いメイプルシロップの匂いだった。
「そんなに無理させたかな」
髪から頬へ滑る手に浸るため、 もう一度だけ目を閉じて、 そしてゆっくりと開く。
「おはようナツ」
笑ったサボを見た瞬間、昨夜の事が蘇る。すぐ隣に腰を下ろし、するすると抱き締めるこの腕は昨日私を捕まえた。重なる唇は、愛をくれた。すると、おはようより先行して伝えたい「大好き」が、思わず口をついて出てしまった。
「まだ足りない?」
からかわれているのに、それをどうでもいいと思うほど形振り構わず甘えたい。そんな気分で一杯だったけど、ふと思い出した起きがけの甘い香り。テーブルを見れば、真っ白なお皿にカフェばりの美味しそうなホットケーキが、バニラとホイップ付きで乗っていた。
「食べたかったんだろ、本格ホットケーキ」
「わあぁ…凄い!これサボが作ったの?」
「俺じゃなかったら困るんだけど」
スリッパも履かずにペタペタ素足で駆け出した私は、急いで顔を洗い瞬く間に着席。そして記念に写真を1枚。 いただきますと言ってからは、それはそれはゆっくりと味わった。一口食べる度に広がる甘さが、くすぐったくて幸せで、ほっぺたが痛くて仕方がなかったから。
「…もう少し早く食べられるかな。俺はまだ食べたりない」
寝起きというには時間は経ちすぎていた。だからもう、さっきのように右から左という訳にもいかず、困惑した顔にはどんどん熱が集まってくる。
甘い唇に流されて、結局私は半分も食べずにベッドへ攫われてしまった。部屋にはまだシロップの匂いがする。ホイップとバニラと。あと、彼の首の匂い。少し先の未来と同じ、甘い甘い香りがした。
今日も 世界のどこかに朝が来る。
昼がくる。夜がくる。 廻る廻る世界の何処かで、 必ず始まるご飯の時間。
そして 大切な君だけを思って、 ワンプレートに大きな愛を乗せる。
「さあ、めしあがれ!」
みんなみんな、君を思って。 美味しいと言ってくれる、 大好きな君だけを見てる。
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