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「なんだお前ら、思ったよりも元気そうだな」

扉を開けて第一声。薄暗い部屋に一筋の光をもたらしたその声は、いつも通りの飄々としたものだった。ぼうと靄がかかっていた思考は一瞬で覚醒し、慌てて顔を向けると見覚えのある姿形が写る。逆光で表情は窺えないものの、それが誰かなんてすぐにわかった。
ただ安心するよりも先に"いつも通り"のその様子に、不安が募る。なぜならば?当たり前だ、俺たちは彼を貶めた。貶めて、裏切って、嘲笑った。会長という立場から引きずり落として、悦んだ。
それでも、それでもだ。

「かい、ちょ……」

それにすがることしかできない。
惨めで、そして愚かだった。一時の感情に流されて、彼を売ったのだ。

「あれぇ、元会長様がこんな所にどうしたんですか?まさか、混ざりにきたんですかー?」

書記に跨がっていた生徒が、さも愉快そうに軽口を叩く。下から悲鳴に似た声が上がり、耳を塞ぎたかった。彼らはみな、自分達の親衛隊やファンであった生徒達だ。

「ああそうだな。今お前達が組み敷いてるクソどもに、俺も一矢報いたくてよ」
「なんだ、会長様が墜ちたのって、やっぱりこの人たちのせいだったんですね」

ふふ、と笑いを溢すのは、俺の親衛隊の隊長であった生徒だ。小柄で可愛らしいその姿とは裏腹に、その目は憎悪に燃えている。

「変だと思った。例の転校生にたった一人だけ夢中にならなかった会長様が、仕事を放棄して遊び歩いているだなんて。それなのに生徒会は失脚しなかった。よく考えればおかしい部分はたくさんあったんです。だけど気付けなかったのは、僕らも転校生が憎くて憎くて、報復に夢中だったから。最後には、役員がリコールされて、親衛隊も崩壊。全員が、真っ暗闇の中」

苦しそうに心の内を吐露した隊長に、しんと場が静まった。身が引き裂かれそうな思いで、鼻奥がつんとした。悪かっただなんて、軽々しく言えない。ただただ自分は、馬鹿だった。

「いや、先に会長を解任されていたあなたは、無事でしたっけ。不良クラスに落とされて尚、変わらず生活してる」
「……なんだ、また八つ当たりされるのか?俺は平穏に暮らしてるだけだが、尽くお前等が邪魔しやがる。上が上なら親衛隊も同じだな」
「僕らはもうコイツらの親衛隊なんかじゃない!!」

隊長をしている頃には見たこともなかった、怒りを露にした表情で彼は怒鳴る。

「僕たちは裏切られたんだよ!普段は利用するだけして、転校生にかまけてついには見放した!最後まで信じていたのに、許せるわけないだろ!」
「まあ、そうだろうな」
「なに、余裕ぶっこいてんだよ。あんたも一緒だろ!」

叫びに近い言葉に、その人は思案するように目線を少し上へ上げた。一緒だと言われ、真面目に共通点を探しているらしい。

「悪いが、俺は昔から一途なんだ」

へらりと笑って見せた彼に、ついに隊長は叫ぶように「やってしまえ」と命じた。
この部屋にはいったい何人の生徒が居ただろうか。この人数に、例え会長が喧嘩が強かろうが勝てる見込みは見出だせなかった。最悪な結果、彼は俺たちと同じようになってしまう。それだけはどうしても嫌で、俺は思わずと痛む体を無理に起こし、精一杯に声をあげた。

「おねが、い、逃げて会長、逃げて」

ごめんなさい会長だけは助けて。散々に酷使された喉は今や掠れたぼろぼろの言葉しか出ない。きっと誰にも届かない。
複数の手が、ついに会長に伸びる。
と、会長が笑った。笑ってこちらを見た。

「なに笑って、」

訝しげな顔をした生徒の一人が、会長の腕を強引に引き掴み、次の瞬間に床に叩き付けられていた。ダアン、と追って固い音が耳に届く。
一瞬の流れるような動作に、誰もが息を飲んで固まった。

「さて、体動かすのは境に任せきりだったんだ。誰が肩慣らしに付き合ってくれる?」

次は風紀委員長もとっちめなきゃならねえしな。なんてふふ、と軽やかに笑った会長に、誰も動くことができなかった。






「俺は、生徒会長に戻るぞ」

床に伏した生徒たちは誰も動かない。会長は簡単そうにそう言ってのけ、へたりこむ俺たちを見下ろした。

「副会長。書記。庶務」

それから、「会計」。
ついと視線がこちらを見据える。
彼はまだ、その役職で俺たちを呼んでくれる、見てくれる。

「お前らは、どうする?」

俺は、俺はもう一度ーーーー、



2015.0628,
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