「ねね」
僕の名前を呼ぶのはキラキラとした黄金色の髪とネコ耳を揺らしたネコ――奏音。
そう、猫ではなくネコだ。
僕に懐き、今も僕の膝の上でごろごろと鳴いてはすり寄ってくる、さらさらとした髪を撫でればもっとというように頭を押し付けてなんともだらしなく緩んだ顔をしている。
きっと僕の顔も似た様に緩んでいるのだろうけれど。

◇◆◇

奏音と出会ったのは、頬を突き刺すような寒さのなか。

僕、一音々は、ひとりで暮らすには広いこの家に猫をもう一匹お迎えをしようと考えていた。
家には、実家から連れてきた猫――カプチーノとずんだ――がいるが、このごろ電話で母から頻繁にこの二匹はどうしているのかと聞かれることが多く、そのうち実家に戻してほしいと言い出すであろう母の姿が目に浮かび、そうなると自分が物寂しくなると思ったりしなかったり。
そうなる前に母には内緒で一匹飼うか。
しかし仕事の合間にペットショップを巡るがなかなかいい子に出逢えず、探し始めたのは夏の終わりだったのに気が付けばもう年を越す一歩手前だった。

雲が多いが爽やかな晴れ空。
猫たちのご飯が底をついていると気づいたのはお昼を過ぎたころ。
散歩も兼ねて買い物へと出かけた。
ちょっとだけいつもより遠回りなルートを選んで歩く、息が白くなるほど寒いが仕事詰で外を出歩くなんて久々でゆっくりと歩いていたい気分だったから。
住宅街を抜けて、池周りの歩道を少し進み、公園を通る。
公園を通り過ぎようとして、ふと視線を右に。

「あんなところあったかな?」

行き止まりの道にベンチがぽつぽつと数個。
道は広くなっていてちょっとした広場みたいだ、しかし木の陰になってしまっていてすこし薄暗い。
そのせいか人はいないようだ、せっかく見つけたことだし休憩でもするかと、そこへ足を踏み入れ、僕は見つけた。
一番端のベンチに横たわる人、自身を抱え込むように体を丸めている。
その体は小刻みに震え、露出している手足は青紫に変色して、息も荒く意識も朦朧としている。
僕は慌てて着ていたコートを脱ぎ彼にかける、声を掛けようと顔を見て一旦停止。
少し汚れた金色の髪の間から縮こまるようにたたまれた耳、そして顔を覆う目隠し。
倒れていたのは人じゃない、ネコだ。
きっとコートの下には尻尾もあるのだろう、しかし今はどうこう言ってる場合じゃない早く彼を暖かいところへ連れて行かないと。
「ごめんね、ちょっと動かすよ」と声を掛けるとかすかに反応を見せる、僕に寄り掛からせるように体を起こし、首に巻いていたマフラーを彼の耳を隠すように巻き、コートを落ちないように巻きつける。
しゃがみおんぶするように背中に乗せて、落ちないように彼の腕抱き着かせるようにまわす。
すると僕の背中が暖かいのかすり寄るように力が入る、そのまま立ち上がり家に向かって走る。
すれ違う人が不思議そうにこちらを見る、そんなの気にしていられない。
はやく彼を温めてあげないと。


自分と似たような背格好の彼を背負って走るのは骨が折れる。
走ったり、歩いたり。
繰り返してやっと家にたどり着く、ポケットに入った鍵を探り当て何回か失敗しつつも鍵をあける。
玄関では2匹がご飯買ってきたのかというような目でこちらを見ていたがただならぬ雰囲気を感じ取ったのか廊下の端へと引っ込む、「落ち着いたら買いに行くから」と声を掛けると、2匹そろって「にゃあ」と一鳴き。

自分のベットに彼をおろし、近くにあった暖房のスイッチを押す。
ふわりと暖かい風が部屋にいきわたると、彼は強張った体をすこし緩ませる。
マフラーとコートをとって毛布を掛けると、彼は毛布に鼻をうずめて丸まり寝息をたてる。
ぽんぽんと彼の頭を撫で、部屋を出た。
彼がネコならば、飼い主の所か、ラボと呼ばれる場所にいたのだろう、迷子だろうか、それとも脱走か?
どちらにしろ、飼い主登録がされていれば飼い主に、されていなければラボに、彼の手の甲に書いてあった「068」の数字を頼りに問い合わせてみるしかないか。



寝室から物音。
慌てて寝室の扉をひらけば、ベットの下にうずくまるネコの姿。

「大丈夫?」

と声を掛け、傍による。
頭を打ったのか頭を抱えている、その手の上から重ねるように手をのせ撫でる。
そのままそうしているともぞもぞと動き、僕と向かい合うように座った。

「体調はどう?痛いところとかない?」
「大丈夫…」
「良かった、もし痛いところとか出てきたら言ってね」

そういうとこくりと頷く。
手足の変色もすっかり治ったみたいだし、震えもない、言葉もはっきり言えるみたいだ。

「ここどこ…?」

小さな声で彼はつぶやいた。

「ココは僕の家だよ、僕は一音々。」
「ねね…」
「うん、そうだお腹すいてない?ご飯用意してみたんだけど…」
「食べたい」
「ふふ、おいで」

目隠しで前の見えない彼の手を取って立ち上がる、彼は僕の手をぎゅっと握り返して半歩後ろについてくる。
寝室を出て、廊下を進み、リビングへ。
扉を開けるとご飯の匂いがするのか、彼はスンスンと鼻を鳴らした。
彼をソファに座らせてから、作っておいたスープを温め直して彼の隣りへ座る。

「前見えないよね、僕が食べさせるけどいい?」

彼は小さく「うん」と答えた。
ネコだもの猫舌だよね、と思い念入りにふーふーする、火傷したら大変だ。
そっと口元にもっていくと、唇でちょんと触れてから口の中へいれた、タイミングを見計らってスプーンを引き抜く。

「大丈夫?」
「ん、おいしい…」

そういって彼は口元をゆるませる。
あっという間にスープの器は空っぽに、口にあったようでよかった。
どことなく彼も満足そうだ、さて、彼とお話ししなくては、いけないな。

彼は脱走だった。
飼い主元から逃げ出したらしく、飼い主から失踪届が出ていた。
僕が分かったことは失踪届が出ていることと飼い主の名前と住所。
住所はあの公園からあまり離れていなかったので連れていくことはできるだろう。
賢いネコのことだ、たまたま外に出て迷子になってしまったとは考えにくい。
僕はなにか理由があるのでは、そう考えた。

「あのね、ちょっと調べさせてもらったんだ、そしたら君の失踪届が出てて、ここからあまり遠くないしすぐに飼い主の元へ送っていけるんだけど……、これは僕の勝手な推測なんだけどね、なにか嫌なことあった?」

きょろきょろとしていた彼にそうきくと、耳を下げて俯いた。
ちょっと間があって口を開く。

「俺、仲のいい奴と二人で売れ残りで、でもご主人が俺を買ってくれて、俺すごく嬉しかったのに、ご主人目隠し取ってくれなくて、とってほしいって言ったのにとってくれなくて……俺、もう嫌になってご主人のいない間に家出てきたんだ。」

少し震えた声で話す彼の話に吃驚した。
世の中いろんな性癖があるが、ネコの目隠しをとらないまま飼う、そんなマニアックなものもあるのか。
しかし、そのマニアックな性癖によりネコが悲しんでいる、というのはいただけない。
ネコは目隠しをとって初めて見た人を主人と判断する、目隠しをとらないまま飼うなんてネコが辛いだけだ。
考え込んでいると、ふと彼に服の裾をひかれる。

「どうしたの?」
「俺、ねねがいい。」

”ねねがいい“?突然何を言い出すんだこの子。

「俺、音々がいい、音々に目隠し取ってほしい。もうやだ、ご主人の所帰りたくない、目隠しをとってくれないご主人なんてやだ!」

少し大きな声でそう叫ぶと僕にぎゅーっと抱き着いてきた。
思わず抱き返し、抱きしめあう形になる。
彼の髪が首筋に当たってくすぐったい、それがわかったのかもっとぐりぐりと押し付けてくる。

「ねねがいいーねねーねねー」
「うわ、ちょっと、まってまって……!」

このネコは僕がいいと言った。
飼い主ではなくたまたま出会って保護した人間がいいと。
それだけきっと彼にとってはとっても嫌なことだったんだろう。
ただ、僕がここで目隠しをとるのは簡単なことだ。しかし、彼には飼い主がいる、なのに勝手に目隠しをはずし飼うことはできない。
覚悟を決める時だ。
ちょうど猫を探していた僕だ、ちょっとネコ違いではあるが……、それに僕自身どこかで運命を感じていた、ちょっと乙女チックな考えかな……。

「ねぇ、ちょっと話を聞いてくれないかな?」
「ん?」

彼は擦りつけていた顔をあげて僕の顔の方に向く。
僕はそんな彼の顔を見ながら話す。

「今すぐその目隠しを外してあげることはできないけど、ちゃんと手順を踏んで、きちんと君のご主人にお話をしてからなら、目隠しとってあげられる」

だから、もうちょっと我慢してほしいな。そういうや否や彼は「分かった!」と言って僕にまた抱き着いてきた。
さあ、いろいろ準備をせねば。




≪ |

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -