――とうに理解していたのだ。決して認めたくなどはないが、我を侵すこの感覚が何なのか、もう自覚せざるをえまい。

 奴の――長曾我部の、我に向ける嫌悪が、憎悪が、いつからかこの身をたまらなく高揚させていた。ぎらぎらと光を放つ瞳も、低い唸りとともに覗かせる牙も、怒りのあまりに震える躯体も。そのすべてが、我へと向けられたむき出しの感情だった。知力や策略で自らを護ることもせず、ここまで馬鹿正直に己をさらけ出す人間がいることを、我はついぞ知らなかったのだ。

「長曾我部よ、先ほどまでの威勢はどうした。貴様、我に勝利する算段があったのだろう」
 もっと、もっと奴を陥れるのだ。怒り狂った奴が、我を憎んで殺意の本能に堕ちるまで。そのために、奴の拠り所をすべて奪い壊してみせようではないか。その自慢のカラクリを、奴を慕う多くの部下を、奴が故郷とするその国を。
「……ああそうさ、俺があんたに負けるわけがねぇんだ。……いや、負けるわけにはいかねぇんだ! 俺たちのカラクリを、俺たちの国を壊したあんたにだけは! ここで負けたら野郎共に顔向けできねぇからなぁ!」
 炎を纏わせた槍を振り回し、鬼の形相で攻め掛かってくる奴の姿は、まさに我の望んだ長曾我部元親そのものだった。輪刀を持つ指先の震えが、恐怖からくるものではないことくらい分かりきっていた。

 奴の単純な攻撃をかわし、軽く一太刀入れると、そのさらけ出した胸元から眩いほどの鮮血が飛び散った。流れ出る血と噴き出す汗、息を切らして顔を歪める奴の姿が、奇妙にも美しく思えた。
 もう一太刀くれてやろうと輪刀を上にかざすと、奴もそれに応じようと碇槍を構え直す。先ほどよりも鈍くなった動きに、今度は四肢を斬ってやろうかと名案が湧いた。死なぬ程度に動きを止め、いたぶりながらまた奴の憎悪を育てるのも悪くはない。
 いつもながら良い策だ、と自賛しつつ刃を振り下ろした。一瞬、奴が驚いたような怯えたような表情をした気がしたが、この先の計画に思考を費やしていた我は、そんなことは気にも留めなかった。

 日輪にかざした刃に映る己の顔が、どれほど醜悪に歪んでいたかなど、我にとってはもはやどうでもよかったのだ。



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