特にあてもなくふらふらと歩いていると、小さく震えている伊都を見つけた。
俯く姿は、どこか泣いているようにも見えた。


……一瞬視線を感じたが気のせいだっただろうか?


声を掛けようと一歩踏み出したが、ふとあることを思い出して踏みとどまる。


……やっぱり少し躊躇われるな。


理由はわからないが、自分はどうやら伊都に嫌われているようなのだ。
それでも性分なのか放ってなど置けず、勇気を出して近寄り話しかけた。


「やあ、伊都! こんなところで何してるんだ?」
「…………」


相変わらずの無視か。
ここで潔く退散してもいいのだが、なぜか今日はいつもよりも様子がおかしい気がした。
具合でも悪いのかと心配になり、何度も話しかける。

「……別に」

そっけないが、返事が返ってきたことが嬉しい。
常日頃から睨まれたり避けられたりしていれば、嫌われているのかもしれないなどとは誰にでもわかることだ。
嫌われること自体は別に構わない。
きっと、自分が何か気に障ることでもしてしまったのだ。
ただ、その理由がわからないことが歯痒かった。



「ああもう、うるせーな!」




伊都の突然の大声にはさすがに驚いた。
こちらをきつく睨みつけ、次から次に悪意の言葉を投げつけてくる。
口数の少ない大人しい少女だと思っていただけに、思わず面食らってしまった。

――そうか。
ずっとそんな風に思っていたのか。
だからワシを避けていたんだな。

伊都の言葉が、鋭く胸に突き刺さった。
偽善者だと罵られることも、嫌われることも慣れているはずなのに。
目の前の少女から発せられる言葉に、ひどく胸が痛んだ。


「……おい……なんだよ……なんで黙ってんだよ……これだけ一方的に言われて腹立たねーのかよ……っ! あたしはあんたが嫌いだって言ってんだよ! 消えてくれればいいのにってずっと思ってんだよ! 腹立つだろ!? 何か言い返せよ!」


瞳いっぱいに涙を溜めて、零さぬようにと必死に堪えている彼女に、何も言えるはずなどなかった。
そもそも腹など立ってもいなかった。
今までずっと溜め込んできたのだろう思いを、やっとぶつけてくれたのだ。
自分は真正面からきちんと受け止めるべきだ。


「……言いたいことはそれだけか?」


息苦しい。
人の負の感情をも黙って受け入れる。
自分はそうして生きていかねばならない。
いや、生きていこうと決めたはずだったのに。
いざやってみれば、思いのほか痛くて苦しくて仕方がなかった。


「……ワシはただ……お前との絆も欲しかったんだ、伊都。だがそうか……ずっと苦しめていたんだな……本当にすまなかった」


偽善などではない、心からの謝罪だった。
……伊都に伝わっただろうか。













「…………!」
「……なんだ? 忠勝。ワシが泣きそうな顔をしている? ……ははは、なんでもないさ。心配させてすまん」
「…………?」




 ――今は無理でもいつの日か、お前とも絆を結べたらと……そう願うことも、お前にとっては迷惑なのだろうな。



 



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