それから俺たちは残りの酒を一気に片付けて、まだ燃え尽きていない彼女の煙草をもったいないと言いながらもみ消して、急いで会計を済ませた。

 店の外に出ると、彼女は携帯を握りしめたままそわそわとしていた。
「……早く行けば?」
 言いづらそうにしている彼女に、優しい俺は仕方なく声をかけてやる。
 彼女は、さっきも聞いた理由を何度も謝りながら言い訳のように言った。
「ほんっとにごめん! まさかあいつから連絡来るとは思わなくてさ……ちょっと会ってくるから……だから、その、本当ごめん」
「別にいいって。さっさと行ってあげなよ」
「うん、ごめん。ありがとね、佐助」
「はいはい。別れ話じゃないといいねー」
 うるさい、と文句を言いながら、彼女は俺に背を向けて足早に去って行った。





 それから少しして、俺は彼女とは反対方向に向かって歩き始めた。
 家に帰ろうかもう一軒行こうかと悩んでいた時、上着のポケットに入れていた携帯が震えた。
「はーい、もしもし? ……ああ、何か用?」
 相手は最近よく会っている子だった。その子も相当遊んでいるらしく、まぁお互いさまってことで、後腐れのない付き合いができるのはすごく楽だった。
「えー、これから? ……いや、別にいいよ。え、家行っていいの」
 というわけで俺のさっきまでの悩みはなくなった。
 その子の家はここから近いらしく、迎えにきてくれるとのことだ。俺は待ち合わせの場所を最寄り駅に指定して、とりあえずそこを目指して進行方向を変えた。

 駅に着くと、俺は真っ先に喫煙所へ走り込んだ。そして、ジーンズの尻ポケットから潰れた箱を取り出し、一本咥えて火をつけた。
 
 なくなった、なんて嘘だった。本当はあの時も持っていた。
 でも、どういうわけか彼女の口紅が付いたシケモクを見ていたら、自然とあんなことを口走っていた。

 ――彼女は今頃彼氏と会っているんだろうか。
 もしくは、これから会える喜びで浮かれているのかもしれない。
 
 スーツ姿のおじさんたちに囲まれて煙にまみれながら、無意識に彼女のことを考えていた。
 また、全身が引きつるような感覚に襲われる。
 体中に散らばっていた痛みは徐々に胸のあたりに集まり、息が詰まりそうになった。
「……ごほっ」 
 なんとかしてそれを吐き出したくて咳き込む。
 喫煙所の人たちからは、まだ煙草に慣れていない若者が、格好つけて吸っているように見えたかもしれない。



 しばらくして、例の彼女が小走りでやってきた。
 遠目で見ると、どことなく雰囲気が伊都に似てるかもしれないと思った。
 
 待った待ってないの一通りの会話を済ませて、俺たちは並んで歩き出す。
 胸の痛みはまだ残っていた。
 
 隣の彼女が俺の方へ身をすり寄せて来る。
 俺は慣れた手つきでその肩を抱いた。
 はたからは、路上で人目を気にせず寄り添う若いカップルにしか見えないだろう。
 実際は何度か体を合わせただけで、互いのことはほとんど知らないというのに。

 ふと、こんな風に誰かと歩く伊都が頭に浮かんで、また息が詰まりそうになった。
 もしかして、俺は病気なのかもしれない。全身が強張って、息が苦しくて、その内倒れて死んでしまうのかも。


 そんな不安を抱えながら、気付けば彼女の家に着いていた。
 ドアを閉めて、キスをして、お互いに脱がせ合いながらベッドに倒れ込む。
 
 ――うん、やっぱり俺にはこれが合っている。
 デートを重ねて、距離を測って、相手の言動に一喜一憂しながら手順をこなしていく恋愛なんて面倒くさい。 
 よく聞く恋のドキドキとか、嫉妬でグチャグチャになる感じとか、そんなもの俺様とは無縁だね。この先も、そんな情熱的な恋愛とは関わり合いにすらなりたくない。










 ――そうだ、だから、こんな痛み、俺は知らないんだ。






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