昔から一人暮らし同然だった私。
そんな私を哀れんでくれたのか、祖母は長い休みに私を家に招待してくれる。
私は夏休みの後半全てをそこにつぎ込むのだ。
宿題は持った、お土産も持った。
いざ行かん、祖母宅のある熊本へ!


「遠いとこからよう来たねえ柚子ちゃん!さあお上がりよ」

玄関で出迎えてくれた祖母、もといおばあちゃん。
おばあちゃんはずっと熊本にいたそうじゃないらしく、方言はあまりない。
まあ、方言の使い方に詳しいわけではないのだけど。

「冷たい烏龍茶あるけんね、座っとき」
「うん、ありがとー」

堅苦しい雰囲気がなくて、ほっとする。
息をつきながら居間に座ると、塀の外から大きな声が。

「もー嫌ばい!歩きとうなか!」
「そげなこつ言わんと…」
「嫌ばい嫌ばい、いーやーばい!」

女の子の声と、少年の声。
サンダルを借り庭へ出て、声の聞こえる方の塀をよじ登る。

するとそこにいたのは、膝を擦りむいた褐色肌の少女と、心配げな少年。
…いや、少年…背丈あるなあ…青年くらい?

「兄ちゃんが山登るなんて言い出したけんったい。いっちょん山なかとよ!」
「なんば言うよっとか、あすこにあるばい」
「あげな遠かとこ行かれんとたい!」

その膝で山登りに連れて行く気なのか青年さん。
しかも遠いよ山。
なんだか女の子が不憫に思えてきて、私はたまらず家を漁りに戻る。
倉庫のような部屋から救急箱を見つけ出し、彼らのもとへ急いだ。

「おばあちゃん、救急箱借りるね!」
「何でも好きに使うてよかよ」

許可も貰って、私は早速彼らに声をかけた。

「あの、すみません」
「「?」」

二人組が同時にこちらを向く。
息ぴったり。

「よかったら…消毒しましょうか」

そう言った瞬間、二人がきょとんとなった。
…さすがに不審者だと思われたか。
いきなり現れてなんか救急箱持ってて突然声かけた人だよ私。
不審者以外の何者でもない…

「うわあ!救急箱のねえちゃん親切ったい!」
「ありがとお、丁度困っとったとよ」

…誰か彼らに疑うということを教えてやってください。

「で、では失礼します」

内心不審者扱いされなくてよかったと安堵していた私は、嬉々として治療に取りかかった。

「ねえちゃん、優しかね」
「スタンダードですよ」
「ねえちゃんも山登らんね?」

幼い女の子ならともかく、自分より背の高い青年にねえちゃんと呼ばれて少し驚いた。
そして山登りへの誘いで二度目のびっくり。

「遠慮します…」
「えー」
「当たり前ったい」

からりと笑った女の子は元気を取り戻したみたいで、かわいらしくて和んだ。
やっぱり女の子は笑顔がいい。


そのあと二人はおばあちゃん家で一服して、言い合いしながらも再び山登りに行った。
話を聞けば兄妹であるらしい二人の仲は、そう悪くなさそうだ。



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