これの影山視点




気がつくと私の世界は白かった。
何も見えない、聞こえない、動けない、喋れない。
人間としてほぼすべての機能がシャットダウンされ、思考だけが綺麗に動いているようだった。
私は死んだのか。
死後の世界はおろか、父から昔聞かされた天国や地獄もなく、ただの白だけ。
肉体があるのか、無いのかもわからずただただ思考だけ鮮明なまま、私はどうなるのだろうか。
肉体も記憶も人格も心もすべてリセットされたら私は何になるのだろうか。
また無垢な赤子としてこの世に生をうけるかもしれない。もしかしたら一週間しか生きられない蝉としてこの世に存在するのかもしれない。
そんなことはどうでもいい、私が何になろうがどうでもいいことなのだ。所詮すべてなくしてしまうのから。
私には何に生まれ変わるかよりも、忘れてしまうということのほうがよっぽど重要な事実だった。自分の犯した罪も、すくなからずあった幸せも、非道な私の人生を脳髄に刻んでおきたいのだ。だかそれももうかなわないのかもしれない。いや叶わない。
記憶を無くし、伝えたいことをつたえられないまま、私はリセットされてしまうのか。


私は鬼道の笑った顔をあまり見たことがない。彼は常に無表情で、ゴーグルから除く赤は常に一歩先を見ていた。そんな鬼道の表情が私は好きだった、父もそんな表情をする事が多かったからだ。私の最高の作品は、常に私が望む表情をし、私が望む感情を私にぶつけてきた。
愉快だった、人間をものとして見ていた私にはとても。
でも最後まで自分を恨んで欲しいと思っていた私の感情は最後の最後で覆された。イタリア戦でゴーグルを外し鬼道が見せた表情は私の望むもととはかけ離れていた。
その赤は確かに私を敬い、笑っていた。その時感じた感情は、いままで感じたことのない感情であり、私はその感情の名前をしらない。出来ることならばその感情の名前を知り、鬼道に、

あやまりたい。

私は鬼道に人生のすべてを注いだ、鬼道は私の望み通りに育ち、最後に私にとても大切なことを教えてくれた。そんな鬼道の人生を奪ってしまっまこと、私という鎖で縛ってしまっとこと。
そして感謝の意もこめて。
なんて偽善者のたわごとを寄せ集めてみても時すでに遅し、叶わない。このあふれ出る後悔と未練が、私に対する罪への罰なのかもしれない。
そんな時だった、急にクリアになった視界に、見覚えのある宿舎。
上を見上げると大きないちょうの木、体を掠める木枯らし。私はジャパンエリアの宿舎の近くにいた。
でも足は動かず、どんなに声帯から声を絞りだしても二酸化炭素が吐き出されるだけであった。
神様の情けかもしれんな。ははは、と出るはずもない声を上げて笑った。
カツリ、という何かが落ちる音がしたかと思うと見覚えのあるドレットがこちらへ走ってきた。
「総帥っ」
確かに聞こえた懐かしい呼び方に懐かしい低めの声。
手をとられる、鬼道の手には確かに暖かな体温と暖かな血が通っていた。どうしようもなく、涙がこみあげた。
ぎゅう、と握り締められても痛みすら感じられない、鬼道の手を握り返すこともできない。そんな無力な自分がどうしよしようもなく憎い、憎い。
鬼道に意識を戻すと、鬼道の赤からは透明な雫が零れ落ち、土の色を濃く染めていった。
「ごめんなさいっ…総帥…俺はっ…俺はっ…」
しゃくりをあげながら鬼道はそういった。
どうして鬼道が謝る、お前は何もしていない、何故私が言いたかった言葉をお前が言うのだ。今すぐにでも鬼道を抱きしめてやりたくなる。
そんなことも出来ない私は只のでくのぼうと化していた。
叫ぶように声帯から声を搾り出すと、掠れた声が吐き出される。
「鬼道有人はそんな顔はしない」
泣くな、という思いを込めてそういうと下を向いていた鬼道は顔を上げ大きく目を見開いた。すると頭の中から何かが抜け落ちる音がした。
ああ、もう。
「鬼道有人はそんな顔はしない」
私の父は誰だ。
「総帥」
私はどんな罪を犯したのだ。
「鬼道、お前は」
強く、生きて、わたしにしばられず、つよく。
ありがとう。
抜け落ちる記憶と満ちた心を抱いて目を閉じる。
ざああ、と吹く木枯らしが白の季節を知らせた。

影山と(鬼道)


死期の私には世界はわかりません。
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