私は迷っていた。
机に置かれた綺麗に畳まれたそれとにらめっこを初めてもう一時間以上もたっているが、一向に問題が解決する兆しはない。
紺色の生地に薄緑のあやめがちりばめられた艶やかな浴衣。
何故私が浴衣などと言うものにこんなに時間を費やしているかと言うと一週間後にある祭が原因だった。
女子同士でいくならば私服で十分なのだが、今回はそうも行かない。
「ねぇ今度の近所のお祭り、一緒にいこうよ」
ヒロトにそう言われたのは二日前の事だ。イナズマジャパン優勝祝いにも、ね。と言う私が断れないようにしっかりと理由を付けてくる所が憎い。
断るにも理由がなく仕方がなく了承した。その事を瞳子姉さんに話したらこの浴衣を押し付けられてしまったのだ。
小さい頃に一度だけ浴衣を着た記憶があるが、それ以来だ。そもそもこんな綺麗な浴衣が私に似合う筈がないしまず着ることが出来ない。
最低限の礼儀や作法はお父様に教えて貰ったが流石に浴衣の着付けまでは教えては貰えない。
私も女だ、所詮恋をしてしまえば自分の浴衣姿を好きな人に見て貰いたいなんて吐き気がするような乙女の感情が無いわけがない。
そんな事を考えているとブーブー、とポケットに入れていた携帯が振動する。驚いて鼓動が倍に早まった。
携帯を開くと新着メール一件の表示、こんな時に…と飽きれ気味に開くと送り主はキーブだった。
ああ、そう言えば浴衣の着付けは出来るかとメールを送ったのを忘れていた。
『任せて!』
エクスクラメーションマークの他にピースの顔文字とハートの顔文字が付いたい女の子らしさが文体から滲み出ているメール。
記号と、精々顔文字しか使わない私からするとキーブのメールは羨ましい。使おうと思えば使えるが、使おうとすると恥ずかしさが押し寄せてきて結局は素っ気ない白黒のメールになってしまう。
携帯をパタリと閉じて再び浴衣に目を向ける。
「ヒロトは、私の浴衣姿にどう思うのだろうか」
ぽつりと呟いてみても部屋には私しかいない為当然返事が返ってくる訳ではない。
そもそもの話、何故私を祭になど誘ったのだろうか。
そう言えば、祭には円堂守も来るとヒロトはいっていた。ヒロトはきっと円堂守を見つけたら私など置いてそっちへいってしまうだろう。
ヒロトは円堂守には私や、エイリアの仲間に見せない笑顔を見せる。私に向ける好きより、円堂守に向ける好きの方が頭一つ分大きいんだと思う。
恋愛感情とかそう言うのじゃなくて、もっと違う何か。
ヒロトがそんな笑顔を見せる円堂守が殺したくなる程憎たらしい。
ぎりりと奥歯を噛んで見るが何も変わらない。
ヒロトは私の浴衣姿なんか、興味が無いんじゃないか。ネガティブが私の脳髄に直接そんな戯言を言ってくる。
あああうるさいうるさい!
「玲名の浴衣姿、きっと綺麗なんだろうね」
ふと声が聞こえて振り向くと、にっこりと笑顔を貼り付けたヒロトが立っていた。
気づかなかった、完璧に気配を消していたのかコイツは。さっきの独り言を聞かれてたのかと思うと堪らなく恥ずかしくなって顔がみるみる熱を帯びていく。
ヒロトの脛にげしりと蹴りをお見舞いすると浴衣を抱き締めて全速力で走った。
そしてメールの返信をした。

『じゃあ、お願い』
相変わらず白黒なメールだと思った。




基山と玲名




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