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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


怪観察
祖父祖母玄孫

「左利きなのか?」
 土蜘蛛に尋ねられ、ナマエはきょとんと彼を見た。中高生であるナマエと同じくらいの背丈をしているが、彼は何百年も生きる古典妖怪だ。
 そんな彼にスーパーの買い物袋を持ってもらっているなんて、罰当たりかもしれない。
「左利きだけど、どうして分かったの?」
「いや何、右腕に妖怪ウォッチをしているのを見てな。そういった物は、利き腕と逆につけるものなのだろう?」
「ああ、そういう事」
 幽霊屋敷と名高い、古い家屋に向かって歩く。そこがナマエの家だった。
 実際は幽霊ではなく、妖怪屋敷だったのだが。腕時計が壊れたかのように反応を続け、今や二桁の友達ができてしまった。
「一応右でも書けるけど」
「器用なことよな」
「矯正されたんだ。だから、横書きのときは右で、縦書きのときは左で書いてる」
「矯正……何ゆえ」
「右利きが普通だからでしょ?」
「下らんな」
 妖怪が出て、怪奇現象が起こる。その代わりに家賃が安い。一戸建ての借家は、ナマエと両親が暮らすのには狭かったが、怪奇現象全般をナマエが妖怪ウォッチで解決してしまってからは快適さのみが残ったのだった。
「下らんって……まあ、左利きだと不便なこともあるから、矯正されてよかったけど」
「不便? 差別でも受けておるのか、ナマエよ」
「差別っていうほど差別じゃないって。左利き用のお玉やはさみが見つかりにくいだけでさ」
「充分差別ではないか……昔から変わらんな、そういう所は」
「昔って?」
 家の扉を開けて中に入る。重たいものは土蜘蛛が顔色一つ変えずに持ってくれたので、ナマエは惣菜のパックを冷蔵庫につめるだけで済んだ。
 あら、お帰り。二階からするすると衣擦れの音と共に声がかけられる。女郎蜘蛛だ。彼は土蜘蛛から荷物を受け取ると、手際よく料理の仕込みに取り掛かった。
 両親は共働きで、今日も遅い。
「刀は左の腰に差すのが一般的でな」
「あら、なんの話よ?」
 キッチンに接したリビングのテーブル。そこにナマエが入れた麦茶が出される。
 疑問符を浮かべた女郎蜘蛛が振り向いて土蜘蛛を見ると、土蜘蛛は一言
「利き腕の話だ」
 と答えた。
「昔から変わらんな、と思ってな。左利きであろうと、刀は左の腰に差して使う。その頃から左利きの不便さは変わっておらん」
「あぁー、ナマエったら左利きだもんねぇ」
「そんなに話題に上るほどのこと?」
 自分も麦茶を手に椅子に座れば、女郎蜘蛛は笑って仕込みを終えてしまい、土蜘蛛はむっつりと黙り込んでしまった。
 ナマエは分かっていないのだろう。
 二人は、ナマエが少しでも差別的な視線を受けるのが嫌なのだという事を。
 要するに、ナマエに甘いのである。
「あんたは気にしなくていいわよ」
 戻って来た女郎蜘蛛に予め入れておいた麦茶を手渡すと、気が利いてるじゃない、ととびきりの笑顔で頭を撫でられた。
「子ども扱いしないで欲しいんですけど」
「我々にとっては百年も生きぬ人間など、いつまでたっても赤子同然だ」
「そうよ、いつまでも子供よ、あたしたちにとっては」
 まるで蜘蛛の夫婦のような二人が、揃ってナマエを見て口元に笑みを浮かべる。きっと土蜘蛛も女郎蜘蛛も、子供や孫を見守るような気持ちでいるのだろう。
「左利きって、そんなに大げさな話?」
「別に。あんただから大げさにしたくなるのかもね」
「どういう事?」
「あんたは気にしなくていいわよ」
 麦茶を飲み干した三人が、コップを洗って二階へ上がっていく。両親が帰ってくるまで随分と暇である。
 宿題を片付けておこうかな、と呟くナマエに、祖父祖母気分の二匹の蜘蛛が、偉い、と揃って声をかけた。
「子ども扱いしないでったら」
「いつまでも子供よ」
「いつまでもな」
「もうっ」