よろづ
火炎が飲む 1/2
真っ黒なドレスを着た褐色の美女と出会ったのは、一ヶ月も前のことだ。高い酒をたしなんでいた彼女は、人の目を奪う知性と美貌の持ち主だった。
どことなく踏み入れがたい闇を思わせるようなミステリアスさがあり、ナマエは酒場の仲間と共に彼女と談笑したものだ。
その美女はいつも笑っていた。いつでも微笑みを絶やさず、どんなアクシデントが起ころうとにこりと笑って対処してしまうのだった。
ナマエはそんな大人の女性に憧れた。
「私もあなたのようになれたら」
思わず口にした一言に、美女は微笑んだ。
「私のようにはなれませんよ、だって、あなたはあなたですもの」
「……そうね。そうよね。私は私らしくあればいいのよね」
「ええ、あなたは、あなたらしく。そうあれればね」
あれればね、という言葉は少し気になったものの、ミステリアスさを持った褐色の美女の前ではどうでもいい事のように思えた。
いつでも黒いドレスを着ている彼女は何でも知っていて、時折意味の通らないことを口走るけれど、それさえも知的に見えて仕方ない。
「ここは私が住んでいた森のようですね」
美女は言った。
「あなたは森に住んでいたの?」
「随分と昔のことですけど。森が焼けてしまってね」
「今はどこで暮らしているの?」
「どこでも暮らしていられますよ」
質問の答えとしてはかみ合わないそれに、ナマエは首を傾げた。しかし美女が微笑んでナマエを見つめるので、なんだかちぐはぐな答えさえもどうでもいいような気がしてしまった。
「私、そろそろお暇しなければ」
「引っ越してしまうの?」
「ええ、見つかりそうなので」
ナマエは気づかなかった。
美女は微笑んでいたわけではなかったことに。
異変がおきたのは、美女がいなくなって三日もたっていない頃だ。