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ろづ
深海の腹に飲まれる 2/3

 突然、海がうねりを上げた。何秒か前まで静かだった海面に、唐突に、一気に高波が押し寄せたのだ。操舵者が悲鳴をあげて海へ放り出される。ナマエもだ。
 声をあげるまもなく、深い青の中へ突き落とされてしまった。
 信じられない速さでナマエは沈んでいく。まるで何かに呼ばれているかのように。息苦しさはあったが、水圧で体が潰れることもなく、ぐいぐいと下へ下へ……いや、もう方向感覚が働いていない。どちらへ向かってか分からないが、一直線に進んでいった。
 もがこうと思って無駄のようだ。腕や足を動かしても、排水溝へ吸い込まれていくような強制力が働いている。本当にごみにでもなった気分だ。
 船の操舵者はどうしただろう。海面を見れば、木屑のようなものが浮いている。あれはナマエが乗っていた船だろうか。ならば運転していたあの人も。
 水中で声を出すことはできず、ただ引っ張られるようにして沈んでいくばかりなナマエが、ふと視線を感じて岩陰を覗き見た。
 何かがいる。
 巨大な何かが。
 それらは此方をじっと見ており、ぎょろりと飛び出た目玉で沈み行くナマエを観察でもしているかのようなのだ。ああ、巨大だ。ナマエは漠然と感じていた。あまりにも巨大だ。
 しかし海原で見たあの青緑の影ほどではない。
 ならばこの小柄で大柄な、謎の目玉の持ち主は何なのだろう。ずるりと岩陰から出てくる、この、大きな……。
 鯨ほどもある巨大な魚に、不恰好な手足が生えた、この一対は、いったい。

 彼らの下で、何かがゆらりと蠢いた。

 あまりの生臭い水に囲まれ、視界が煙る。生臭いと感じたのは嗅覚からではない。しかし分かるのだ。何かが腐ったような気に満ちた海域が、日本海のどこかで発生しているのだと。
 気づいたのだ。
 これは、氷山の一角。
 本体などではないのだと。
 今、ナマエの下をうろうろと蠢いている一匹の大蛇のような何かは、本体へ繋がるおぞましい体の一部でしかないのだと。
 気づけば小さな魚人どもがナマエの周囲をぐるりと囲んでいた。
 見れば船の操舵者が水圧に潰れた姿で魚人に捕らえられていた。
 終わるのだ。自分もここで終わるのだ。
 ナマエの意識が途切れる。