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青坊主生誕(妖:青田防人)

 毎日が憂鬱で、毎日が窮屈で、毎日が辛辣だった。凄く。
 青田防人(アオタ サキモリ)、本名・石川咲子(イシカワ サキコ)は毎日を嫌いな母と共に過ごしていた。本当に反吐が出るくらい嫌いだった。

 母はスナックを経営していた。場末も良い所で売り上げなんぞ大した物ではない。しかし店が潰る事なく続いているのは、其処で知り合った男たちを家に上げていたからだった。
 簡単に言えば春を売るのだ。
 母が。
 ではなく。
 咲子が。
 男に捕まり、力任せに組み敷かれ、薄暗く狭い部屋の中で強制的に裸のお付き合いである。
 逃げ出そうものなら母からの暴力と暴言で自分自身の命を全否定されたし、金も入らないから咲子の食事もなかった。
 毎日が辛辣で、大嫌いだった。
 男が帰る。
 母が五万だか十万だか知らないが札束を数えている。
 次の男が来る。
 咲子の歯がガチガチと音を立て、恨みと絶望失望をたっぷり含んだ目で世界を見ていた。
 咲子は思っていた。
 ずっと思っていた。

 死にたい。

 いつからかは分からない。
 知らない誰か、もしくは何かの気配を感じていた。
 視界の隅にいつでもその何者かがいて、咲子の運命を静かに見つめているようだった。本当の所はどうだか知らない。
 咲子は、自分に悪意を向けてこない誰かが唯一嫌いではなかった。
 話をした事も、視線を合わせた事もないけれど。
 母の目を盗んで家を出た。裸足だったが構わず駆け出した。空は紺色だった。
 夜に人目を忍んで立ち入ったのは雑木林で、ホームセンターで買った新品の麻縄が優しく見えて、泣けてきた。
 自分の体はそこらのボロ雑巾より汚い。
 死のう。
 そうだ死のう。
 もう嫌だから死のう。
 あの家は私を殺すから死のう。
 其処らの岩に足をかける。
 麻縄で輪を作り、首にかける。
 誰かが視界の端で咲子の体を優しく撫でているような気がした。
 ロープがブランコのように揺れたのは、そのすぐ後だった。


「ふんふふんふふーん」
 幾分か声が低くなった。
 土気色に変わり果て、汚物を撒き散らしてぶら下がっている自分の死体を揺らして遊ぶ。
 幽霊なんだか何なのかは知らないが、今の咲子はこの世でのお役目を終えたのだ。開放されて良い気分だった。
 自分の首にはいかにも首吊りしましたと言わんばかりに麻縄の輪っかがかかっている。
「さぁて、本懐を遂げましょうかねぇ」
 傍から聞いたら高木シ歩っぽい声で笑う咲子は、そんな事をすれば地獄いきだろうに楽しそうな調子で来た道を戻っていく。
 振り返れば、咲子の死体のすぐ近くに誰かが立っていた。
 人間ではないと分かっていた。
 きっと多分、自殺推奨妖怪さんか何かなのだろう。
「ありがとね、あんたのお陰で無事死ねました!」
 にっかり笑って手を振った。
 これから唯の幽霊ではなく、悪霊っぽいものに変わってしまうだろうから、御礼とお別れをこめて。
 咲子はもう、人間としてのモラルも投げ捨てる覚悟をしていた。
 本当はあれへの怒りで腸が美味しい美味しい煮っ転がしになりそうだったがそれを隠して。
 この人を責める気はない。


 家のドアが開く。
 寒々しい空気が流れ込む。
 ぺたぺたと軽いステップで近づくと、あちらも咲子に気付いたようだった。
 咲子が咲子という名を捨てる瞬間がとうとう来た。

「お母さん、首、つらないかい?」
 
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