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人は人でなくなり菊である(妖:国原菊)

 よくよく火事が起こる町に、私は住んでいた。
 一度燃え盛れば他の家々も焼けてしまう。燃え移らない為には取り壊すより他無い。そんな時代だった。纏持ちが屋根に上り、派手に目印を掲げるのが見える。
 私の家は、町と山道の境にある古寺であった。
 多くの妖と共に暮らし、気の良い人間とも交流を続けていたが、ある日、火事ばかり起こる町からやってきた人間たちによって古寺までもが焼かれた。
 火を操る妖の仕業か、それとも雷獣である私の仕業か、そのどちらかだというのだ。自然災害を畏怖して何かのせいにする。それで妖は生まれる。そして生まれた妖に全責任が負わされる。妙な話もあったものだ。
 人間は責任転嫁をする際にはこうも合理的になるものか。
「どうする、お菊さん」
 妖の一人が声をかけてきた。私の幼馴染である、河童の虎善だ。
 寺は焼かれてしまった。この町にはいられない。
 妖がいなくなった町がどれ程の不毛な争いに塗れるか、あの人間たちは知らないのだろう。
 災難を妖や祟りのせいだと責任転嫁し、自身の行いを悔い改める機会を逸した人間たちが次に責任をなすりつける先は、人間である。誰が悪いだの自分は悪くないだのと押し付けあった責任は膨れ上がり、思慮と思いやりが欠如した言い争いは破裂するのだ。
「お前さん方、何処ぞのお山へ逃げようかぇ」
 私は其処まで寛容な訳では無かったので、すぐさま町を離れた。
 住処を奪われてまでにこにこへらへらと人の傍に居てやるお人よしでは無い。
 垢抜けない村へ足を運んだ。火事は相変わらず多かったし妖のせいにもされていたが、其処の村は山神様へ供え物をして手を合わせるくらいには教養があった。
 一人の青年に出会ったのはしばらくしてからだ。
 名を佐吉といった。
 山へ芝を刈りに来た佐吉と私は山菜の茂る奥地で出会い、一言二言交わしてすぐに別れたが、佐吉はすぐに山へ戻ってきた。
 私に惚れたという。
 笑わせる。
 人間の童が何を言うと冷ややかに笑う私の目を見、佐吉は手を強く握る。
 私に惚れたと再びいう。
 佐吉はそれからも山へ来た。手に土産をたんと持ってやってきた。
 妖たちを気遣い、妖たちを信じ、妖たちと笑い、妖たちと友になり、佐吉は私にとっても心地よい若者となっていった。
 二人で月を見た。酒を飲み交わした。
 私が

「産んでやろうかぇ」

 からかいを含んだ声で問えば。

「是非に」

 真っ直ぐな煩悩本能が私を貫いた。
 声をあげて笑った。変わり者よな、と笑った。悪趣味ぞ、と笑った。
 こうも真っ直ぐにおかしな事を言う人間に出会ったのも久しぶりであった。
 恋に落ちた。体を重ねた。子を宿した。
 村はそれを許さなかった。
 まあ当たり前よな、とも思う。別に村人を恨むでも無い。佐吉が諦めれば済む事であった。私は諦めていたのだから。
 悲しいが、人とはそういうものだ。
 生まれた子供達は私一人で育てるつもりであり、それに文句も無かったのだ。
 しかし佐吉は心底阿呆な子であった。
 心底、心底、阿呆で阿呆で仕方の無い子であった。

 身を投げおった。

 死なば天狗にならんと噂のある谷に身を投げおった。
 ああ阿呆めと笑ってやった。
 古くから付き合いのある妖たちと笑ってやった。
 皆々袖をしとどに濡らしておったが、声をあげて笑った。
 何故人の身を捨てたのかと、そうまでして私と共にありたかったのかと、皆々呆気に取られつつも泣いて笑っていた。

 阿呆よな。

「佐吉。佐吉よ。文が来るでな。茶を用意せい」
 学園の廊下で声をかける。
「はいよう」
 のんびりとした声が響いた。
 天狗の中でも下級も下級、木っ端天狗と成り果てた我が夫は今も私の傍にいる。
 随分と年が下な夫である。
 年の差婚という奴である。
「お菊、愛しておるよ」
「阿呆め。さっさと茶を出さんかぇ」
「はいよう」
 
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