薄い本戦争(妄:亡女相&心/国原文)
「ひとちゃーん」
書庫の奥に行くと、やはりというか赤い長髪を結びもせずに、女性が一人座り込んでいた。分厚い本を読みふけりながら同時進行で漫画も見ている。
何かを探しているのだろうか。
「ひとちゃん、お邪魔します」
物静かな声で従姉に伺いを立てると、国原瞳はちらりと此方を見た。
「ふぅちゃん、いらっしゃい」
国原瞳はオタクの気がある。
漫画やアニメのDVD、昔懐かしいVHSが棚にずらりと並ぶその様は実家にいた頃と何も変わらない。ロボットの玩具がディスプレイされていたりプラモデルが瞳オリジナルのカラーに塗られていたりする所も変わらない。
居心地の良いスペースで引きこもって一日を終える事もある瞳だが、文は特に何とも思っていなかった。これが普通の瞳なのだから変だと思う方が変なのだ。瞳がこれら一切の趣味を放棄してしまう事の方が変なのだ。
「ひとちゃん、これを持っていくの?」
文が尋ねれば、瞳はこくりと頷く。
ダンボールには『妄想科御中・返却不要』と書かれている。
亡女発行の同人誌を会員になって定期購読していた瞳だったが、今回、会員である事をやめたのだそうだ。何故やめたのかは双子にも察する事が出来た。
やたら美化された『瞳×文』の百合本が発行されたからだ。
そして対人恐怖症まがいな瞳の症状を、文の前では出ないものだと知った双子が『ふぅちゃん、あなたは特別なの』とかいう台詞でやはり百合として弄っていたからだ。
文は正直、人様の過去だの精神状態だのに筆を突っ込み始めた双子を雷で焼き殺そうかとも思った。
が、そんな事をして自分が退学になったら瞳を守り助ける存在がいなくなると自覚しているので、やめておいた。
「これさえ無ければ、好きだったんだけどなぁ……」
悲しそうな瞳にキスをして、ほお擦りをして、文はダンボールを妄想科へ運んでいった。
妄想科の入り口にダンボールを置く。
「……ひとちゃんを弄るとね、雷獣が食い破りに、来るんだよ?」
妄想科の中で今日も元気に同人誌を発行しているのだろう双子を思い描きながら、やっぱり君たちは嫌いだよ、と文が呟く。
怒りはするが極端に嫌いはしない十六夜と比べ、文は静かに一気に人を嫌いになる素質を持っているらしかった。
もう、知らないふりするの、やーめよ。
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