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芥川にも昔はあるらしい(妄:芥川)

 ある国ではヨルムンガンドと呼ばれた。ある国ではレッサーパンダと呼ばれた。ある国では渡り渡る逆さ食らいと呼ばれた。
 どれもが本名で、どれもが偽名だった。
 黒く濁った鏡から落ちるように生まれた僕には親が無く、名前も無く、鏡と鏡をいったり来たりして暮らしていた。
 僕の周りには鏡を行き来する人はいなかったけれど、雲に乗って移動する人や紫色の水を浮かせている人はいた。
 ある国ではティーパーティーと呼ばれた。ある国ではリバースリバーと呼ばれた。ある国ではぽっぺぽんと呼ばれた。
 どれもが本名で偽名で、何処にも生まれ故郷は無かった。
 僕の故郷は何処だろう。
 鏡を潜ったら、其処は何とも地味な、それでいて実に写実的な世界だった。
 僕の故郷は何処だろう。

「茶川! 何処に行ってたの!!」

 突然見知らぬ婦人に肩を掴まれた。誰だろうか、何処となく感情的な面を持っているように思う。
 婦人は突然僕の頬を叩いた。痛覚は正常に働いているようだ。此処の世界は僕がいた世界とは違い、非常識な事を常識としているらしい。
 見知らぬ人に叩かれる文化というのは、クリステン王国での歓迎祭り以来だ。
「お母さん、心配したんだからね!!」
 涙をためて、見知らぬ婦人は言う。
 僕はそこで理解した。
 この世界はパラレルワールドなのだと。
 この世界での僕は「芥川茶川」という名前で、中学生、というもののようだ。
 僕はその夫人に連れ去られた。
 家、というものに連れ込まれ、とても強く抱き締められた。

 何処かへ行かれたら気が狂う程心配になるから外出しないでくれ、と頼まれた。

 だから僕は部屋にいた。
 部屋には鏡があって、其処から何処へでも行けるから意味は無いのだけれど、部屋の扉から外へ出る事は無かったので『母親』は安心したようだった。
 この部屋の持ち主は、とても趣味が良い。黒魔術、異世界文化、ファンタジー小説、ドラゴン図鑑。僕の好みにあった本が棚に並んでいた。
 部屋の持ち主の気配を辿って鏡を渡ってみた。バス停、県境、山の中、木と木の間。部屋の持ち主は、その地中に埋められて死んでいた。
 誘拐されて、死んでいた。
 此方の世界の僕は、そういう死に方をしたのか。
 それから僕は芥川茶川として生きてきた。
 つい、四年前の事だ。
 つい四年前、僕は此方の世界に辿り着いたのだった。

 僕の故郷は何処だろう。
 
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