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君がいれば見回りも良い(十六夜ジャック)

 スパイダーを三人の力で撃破した。
 教室に張り巡らされた蜘蛛の巣を撤去しながら痛む体をさすり、十六夜は兄の方を向く。
「なあ、兄貴」
「ん?」
 タイルがガタガタに外れた教室をほうきで掃きながら兄が返事をした。
「今、何時?」
「今か……今はな」


 絶叫しながら教室を飛び出す次男坊の姿が目撃されたのは、直後である。


「やべぇやべぇやべぇ!! 俺のほうから誘った癖に遅刻するとかマジで最悪だ!!」
 泣きそうな声で廊下を爆走する十六夜が目指すのは、灰色のツインテールが特徴的な、いつもの喧嘩相手の元だった。
 国原が様子を見に行った先で目撃した壮絶な笑みと、生気のない姿が今でも頭にこびりついて離れない。
 遅い、と怒られるだろうか。怒って目もあわせてくれないだろうか。
 何だか異様に胸がどきどきする。
 下駄の音を鳴らして走る先には、小柄な少女の姿があって。
「冠橋!」
 名前を呼ぶ。
 立ち止まると同時に少女が振り向く。
「わりぃ、遅れた!」
「……ううん」
 ああ、やっぱり。十六夜の中で、国原が呟く。
 ぼんやりとした表情で十六夜では無く、その足元を見つめている美弓を見た。
「ちょっと、ヤボ用でさ」
「そう……」
 いつもなら此処で喧嘩にでもなるのだろう。
 しかし、十六夜が自覚無く恋したその少女は、やはりあの時と変わらない表情で虚ろな返事をするばかりだった。
「や、あの……行こうぜ」
「……うん」
 十六夜の胸の辺りが強くざわつくのを、中から姉が見ていた。
 記憶をシャットダウンするのをすっかり忘れているのが、十六夜がせっかちで乱暴と言われている所以である。
 冠橋美弓。
 彼女の様子がおかしい。
 しかし十六夜には何も出来ない。
 勿論、国原にも。
 胸のざわつきが強く、煩くなっていくのを、国原はただ聞いていた。

――助けに、なれたら――

 どちらの声だろうか。
 体の中で、彼女を案じる声が響き渡っている。

――どうしたんだろうか――

 どちらの声だろうか。

――笑って欲しい――

 どちらの声なのだろうか。

――あの綺麗な目を、もう一度――

 どちらの声でも、良いのかも知れない。
 暖かい鼓動と、焦れたような鼓動が、同時に鳴っていた。
 
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