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「#幼馴染」のBL小説を読む
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其即ち半魚(砂波銀)

「あいすまぬ」
 ハロウィン喫茶に水妖の声が響いた。
 低く悩ましげに頭を抑える砂波銀は、キッチンスタッフのエプロンを片付ける。
「大丈夫? 頭痛いの?」
 何とはなしに野島結松が話しかけた。客に声をかけられると普段の面倒臭がりな面とは反対に、笑顔で対応する彼。
 仕事の大切さを認識しているのだろう彼は、心配というでも無いが、スタッフにそれなりの目配りをしているようだった。
「今宵は半月だな、野島殿」
「ああ、うん」
「忝い、感謝する。国原に、半月故欠勤致すと伝えてくれまいか」
 そそくさと店の裏から出て行く砂波銀を見送り、結松はカーテンを潜ってホールから戻ってきた国原へ目を向ける。
 砂波銀がいないキッチンを見回し、骸骨メイクはきょとんとした表情でエルフの彼と目を合わせる。結松が口を開こうとした瞬間、先に国原が話しかけた。

「野島君、今日、半月だったっけ?」


 池のある庭は涼しい風に包まれていた。
 苛苛とした様子で包帯を毟り取る砂波銀は息遣いを荒くする。体に熱が篭っていくらしく、服を乱暴に脱ぎ捨て、半裸の状態で項を引っ掻いていた。
 背中にはうっすらと鱗が走る。
 指の間には水かきのようなものが出来始めていた。
 耳がひくひくと脈打ち、徐々に形状を変えていく。
 魚のヒレのようになったそれが、顔の横についていた。
「……月一で辛いと言えば女子らしいのだがなぁ」
 レンズのようになった目が水面に映し出され、苦笑いを零した口にはギザギザの歯が並ぶ。青ざめた肌。ゆっくりと存在感を増していく魚の尻尾。緑に光る鱗。
 砂波銀は、諦めたように笑っていた。
「半妖の定め、か」
 化け物と化した自身の姿を睨み、未だに熱が冷めない体に池の水をかける。ズボンが濡れて色の濃さを増したが、どうでも良くなっていた。
 瞼の裏では故郷にいた人間たちが恐れて逃げていく映像が延々と繰り返されている。自分を恐れずに傍にいてくれた幼馴染と、この姿を見ても物怖じせず『気に入った』と豪胆な事を言ってのけた姉の姿も、同時に、延々と。
 半月の日には我慢が利かなくなるのだ。
 半月の日になると、妖力が増大してしまうのだ。
 兄弟は別の日にそうなるので、砂波銀は地元では『弦月の水妖』と呼ばれる事もあった。
 半妖の悲しき性かな、それを拒絶する事は一度とて出来なかった。

「今日は人目のつかぬ場所で大人しくする他無いな……」

 溜め息とともに吐き出された言葉には、少しだけ、寂しさが滲んでいるようにも見えた。
 
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