斑模様のウケケケケが現れた(国原文)
学園祭間近。
学園内に斑模様が飛んでいる。
トランプ兵は未だに残党が残っており、その中には斑のエグリマもいるのだった。
「もしもし、父さん?あのね、お友達と、近いうちに里帰りするよ」
学園に設置された電話機で話しているのは、国原文。
お泊り会を開くから、と電話口に告げる国原は、父の喜ぶ声に微笑みを浮かべる。
一言二言会話をして受話器を置くと、寮へと戻るために廊下を歩き出した。
(父さん元気そうだったな)
「(うん。じいちゃんもばあちゃんも元気でいるって)」
(早いうちに里帰りしようぜ!俺もじいちゃんたちに会いたいしさ)
一人の二人は嬉しそうにやり取りをかわす。青い髪の友達が出来てから、お泊りと里帰りがとても楽しみだった。
うきうきと歩を進める国原が角を曲がる。
直後に斑模様が目の前に飛び出してきた。
「ケケケケ」
小物じみた笑い声を上げるのは、エグリマ。
訝しげな国原は、恐らく見た事がないのだろう。絶対数が少ないエグリマは、トランプ兵の数が少なくなってきた今頃になって目立ち始めたのだ。
赤と青がぐにゃりと混ざった回廊産のモンスターは、国原を凝視した。頭からつま先まで舐めるように見た後、胡散臭い笑みを更に深くして、耳元に近づく。
そして、モンスターは呟いた。
「母ニ捨テラレタ子」
「え」
(は)
唖然とする詰襟の学生に、斑模様は更に詰め寄る。
「化ケ物」
お前が言うな。
「異常ナ存在。気持チ悪イ」
だからお前が言うな。
人の心を読み、言われたくない事を言う役目を持つモンスター。エグリマは人の心を抉る魔。ニヤニヤと笑い、国原を凝視し続ける。
「アナタナンカ産ムンジャナカッタ」
(っの野郎!!)
「何なんだよ、こいつ」
過去に母親から受けた暴言をそのまま浴びせられ、十六夜の方は既に沸騰状態だ。
先程故郷と連絡を取ったばかりの国原には、嫌な記憶もより鮮明に思い出される。
いらいらと相手を睨みつける国原に、そいつは笑った。
「キヒャヒャヒャ!」
鬱陶しいほど高い声で、笑った。
「トラウマ? トラウマ?」
ねえどんな気持ち?みたいに聞くな。
エグリマはただ笑う。笑って、そのまま逃げていく。追いかける気力など国原にはなかった。嫌な記憶を振り払うのに集中したかった。
「キヒャヒャヒャ!」
いらいらする。こめかみが強くひくつくのを感じながら、国原はエグリマを黙殺しようと努める。
「キッヒャヒャヒャ!」
笑い声はまだ続く。
腹が立つが、喧嘩を買ったら相手の思う壺だろう。国原は無視する事に決めた。
徹底してスルーし続ければ、やがて相手は去るだろうと。
しかしエグリマは戻ってきた。
ただならぬ笑顔で戻ってきた。
そして、笑いながら、言った。
「ゴメンネェ、パパノセイデ、ゴメンネ文チャン、ゴメンネェ」
泣きながら謝罪を続けた、父の言葉を。
「……てめええぇぇっ!!」
怒号が轟く。
髪は黒いままだ。つまり、国原のまま。十六夜ばりの怒鳴り声をあげ、国原はエグリマに飛び掛った。
父の涙を茶化された。
心を読まれ、父を笑われた。
とことん暴力的な気持ちにとらわれた国原は、斑模様のそいつの頭を驚く程の速さで掴む。怒りに任せてエグリマを壁に叩きつけ、逃げようとする相手を再び掴む。
「キキィ……?」
焦ったような声を出すエグリマだが、国原の目は見開かれ、むかつくこいつを決して逃がすまいと手には力が込められていた。
「どういうつもりかは知らないがな、これ以上侮辱を続けるというなら、私にも考えがあるぞ糞餓鬼が!!」
低い声で怒鳴りつける。
そして国原は見た。
自分の爪が、鋭く伸びているのを。
「何だ、これ……」
「ギキィッ!」
急いで逃げ出すエグリマ。
呆然と自分の爪を眺める国原に、それを追いかける余裕はなかった。
甲高い声を上げて飛んでいくエグリマは、次の獲物を探しに空中を走る。
徐々に縮んでいく爪に、国原は何もいえなかった。
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