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灰色の二つ結びが焼きついたから(十六夜ジャック)

 冠橋が、冠橋じゃない気がした。
 保健室にいる誰もが冠橋を守るか逃がすかするべきだと思っていたし、実際、俺だってそうしていた。
 直後にあいつが怒って……怒ったんだろうか、あれ。いきなり豹変したようにも見えた。
 しょっちゅう喧嘩してる俺だから分かったのかも知れない。
 毎日のように不機嫌そうな顔を見ていた俺だから、気付いたのかも知れない。
 冠橋はあんな顔しねえ。
 いくら俺の事が嫌いだからって、あんなキツい表情は今まで一度たりとも見なかった。冠橋は、あんな、怖え顔で周りを見ねえ。

「冠橋……冠橋、待てよ!!」

 走り去るあいつを追いかけようと、俺も走ろうとした。
 けど。
 体は正直で。
 何でだよ。
 助けなくちゃって思ってた時は無理にでも立てたのによ。
 マースが代わりに追いかけようとしてくれたけど、結局マースも足の痛みには勝てなかった。二人してこけて、悔しいの悔しくねえのって、畜生。
「平気かよ、斉藤」
「誰だ斉藤って。サイトンだよ」
「へっ、知ってらぁ。場を和まそうとしたんじゃねえか」
「大して和んでないぞ。……それより、冠橋さんの事が気にかかる。彼女は一体……どうし、た……」
「分かん、ね……」
 体力も気力も、其処で途切れた。
 冠橋が走っていく足音だけが嫌に耳に残って、助ける気でいるんだか、あいつの足でも掴んで引き止めたいんだか、廊下に向かって伸ばされた俺の手は何も掴む事なく落ちるだけ。
 俺は、意識ぶっ飛ばす前に何て呟いたんだろう。



「……う……」
 体も頭もガンガン痛む。
 桃桃……白子だっけ?その先生が俺を見た。
 隣じゃあ、マースが大人しく寝てる。俺と目が合って、少し笑った。
「目が覚めたならベッドから退きな」
 嫌にきつい口調と光る注射器が俺を狙う。こういう超俺様(?)な女は苦手だ。
 怖えし、どんな目に遭わされるか分かったもんじゃねえし、こっちの都合お構いなしで通常運転だし。
「聞こえなかったかい?退けと言ったんだけど。無頼科が帰還したんだ。此処も彼らの休憩場所として解放する。早くベッドから降りないか」
「……へいへい」
「何その返事。生意気だね?座薬でもぶち込もうか」
「マース・サイトン!その任、お前に託した!!」
 ベッドから飛んで降りる。すぐ走る。
 慌てて保健室から出て行くと、直後にマースが追いかけて来た。
「クラスメイトを売るなんて良い度胸してるよな、全く!!」
 保険医の次女は怖え。二人で逃げるように廊下を走って、其処から二手に分かれる事にして、俺達はそれぞれ一人で走った。
 マースは何処に行くんだか。あれか、マリアンだっけか、そいつを見にでも行くのかな。
 俺は。
 俺はさ。
「今、何処に居んだよ……!」
 どうにも気になってさ。
 泣きそうな顔して謝って、走って、訳分かんねえからさ。
 お前、何か悪い事したのかよ。
 あれは本当にお前だったのかよ。


 冠橋。
 
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