別の保健室で十六夜が(十六夜ジャック/桃桃白子)
保健室の前には、何ちゃらバウモ、とかいう化け物が陣取っていた。
といっても保健室なんていうものは、この広すぎる学園内にいくつもあるだろうと思われるから、他の場所はこうも危険な訳ではないだろう。
多分。
マース・サイトンが化け物と戦っている。
桃桃白子が生徒たちを守るように、指と指の間に注射器を構えて仁王立ちだった。
袖なしの白衣がはためく度に隠された注射器と座薬がチラッチラ見えて、精神的に大変な不安を煽る。
特に座薬は戦いと何の関わりもないだろうから、一番怖かった。
冠橋美弓が不安げに保健室の外をちらちらと見る。灰色の髪が揺れる。
十六夜は手が回らないからと桃桃白子に言われ、冠橋に手当てをして貰いながら、化け物とどう戦うかばかり考えていた。
「ちっとなら倒せそうなんだけどなぁ……どうわっ!?」
ぼそりと予想を口にすれば、細い指先からの細いビームが目の前を掠る。
あっぶねえ!
「何しやがんだ冠ば……」
「馬っ鹿じゃないの!?みっともないくらいボロボロの癖にまだ戦うの!?本当に頭悪いわね、怪我人は大人しく手当てされてなさいよ!この、戦力外!」
「せ……んだとコラ!?ちょっとダメージ食らっただけだろうが!俺だってまだ戦えるっつうの!馬鹿にすんじゃねぇ!!」
「馬鹿にした覚えはないわよ」
「なん……あ?そうなのか?」
「あんたが勝手に馬鹿になっただけでしょ」
「てめえ」
文句を言おうと勢いよく彼女を見れば、即座に繰り広げられる口喧嘩。
そっぽを向いて此方を見てくれなくなった美弓に、そんなに嫌われるような事したっけか、とか、俺の元々の性格が嫌いなのか、とか、もやっとした思いを抱える事になった十六夜だが、ある意味自業自得なので放置する事にしよう。
「くそ……これっくらい、もう何ともねえよっ!」
悔しげに吐き捨てる十六夜。
「それは聞き捨てならないね」
に、目を怪しく光らせる桃桃白子。
「……ぇ……」
異様なオーラを放って近づく白子に驚く十六夜は、思わず冠橋の手を握った、
不安な時とかは特に、誰かに触れていると安心するというものだ。
「十六夜君、だったかな?その生意気な態度が気に食わないよ。怪我人は怪我人らしく保険医の言う事を聞くべきだ。違うかい?」
怪我を馬鹿にしたように聞こえたらしい。
指の間には未だに注射器。
先端がキラキラ輝く新品の注射器。
上を向けばギラギラ輝く保険医の瞳。
まさに恐怖。
クランケは大人しくしてやがれ。
威圧にも似た無言の責めが、白子の背後からオーラ若しくは殺気として、盛大に放出されていた。
「十六夜君、腕をお出し。太くてよく効く痛いのを、たっぷり処方してあげるから」
じゃきん、と物々しい音を立て、指の間の注射器が攻撃的な光を放つ。
「い、いや……あの……」
「生意気な口を利くくらいなんだから早く元気になりたいんだろう?してあげるよ。だから良い子で腕を出すと良い。すっごく痛いよ。すっごく。さあ、注射しようね」
白子の迫力が物凄かったらしい。
十六夜は冠橋を思い切り抱き締め、引きつった声で一言。
「スンマセンシタ……!!」
緊張で乾いた叫びを上げたという。
女の子に抱きつくなんて、情けない男である。
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