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飢えの骸
 主人と恋人を兼ねている彼が遅くまで絵を描いているので、仙太郎は外にふらりと出ていた。コンビニで適当にアイスクリームを三種類ほど買い、部屋に戻って皿に盛り付けるつもりだった。
 イチゴとバニラと抹茶。どれが好きだったかなあ、なんて月を見上げて。
 寮の敷地に戻ると、普段は学園の倉庫で暮らしている餓者と木蓮がいる。最近舎弟になった二人(?)に珍しいじゃねえかと声をかけると、二人(?)は困り果てたように仙太郎を見て言った。
「須佐ノ悪様……刺客デ御座イマス」
「十年もの間須佐の狂骨殿を探し回っていたようですよ」
 隅に置けませんね、と木蓮が溜め息混じりに言うのに片方の眉を上げた。隅に……とは何だ。餓者と木蓮の間に人影を見つける。女のようだった。
 牡丹の模様が入った着物を着た、割と小奇麗な女が立っていた。
「あぁ……須佐様……須佐様……!」
 うっとりとした様子で両方の頬を押さえる女は、とろけるような視線を仙太郎へ向ける。頬が上気しているのが気になった。その後ろにもう一人。此方はシャツにズボンと普通の恰好で、上からマントを羽織っていた。
 此方も女だ。
「何だてめえら」
 素通りしようとすると牡丹柄の女が腕をしっかり抱き締めて引きとめてくる。
 舌打ちを一つ、女を振り払った。
「あぁん」
「気色悪い声出してんじゃねえ誰だって聞いてんだ」
「骨女の殺子(せつこ)と申します、須佐様!」
 牡丹模様の着物を着た女が言う。見れば、袖から覗く腕は白骨。妖怪か、とシャツとズボン姿の女のほうを見れば、女は察したようで袖をまくり、腕を見せてきた。
 ぎょろぎょろと目玉がいくつも生えていた。
「百目鬼(どうめき)の、死瀬(しにせ)と申します、須佐殿」
 縁起の悪い名前だ。妖怪らしいといえばらしいのだが。
 何の用だ、と口を開こうとした仙太郎は、そこで痛覚に見舞われた。
「あ?」
 腹を見る。
 小刀が刺さっている。
 殺子がにこりと笑っていた。
「憧れておりました、須佐ノ悪(スサノオ)様」
「呪いの力が弱まっている今、下克上の機会!」
 刀を構えた死瀬が走ってくる。まっすぐに、槍のように。
 どすり、と仙太郎の腹に深々と突き立った刃。
 仙太郎は、吐血した。
「貴方に勝って、貴方を私たちのものに!」
「憧れの貴方を! 我らの収集品に!」
 ああ、基地外か。仙太郎は思った。
 須佐ノ悪こと全盛期の仙太郎に憧れ、十年もの間探し回っていたこいつらは、何処かで呪いの力が弱まったことを知ったのだろう。
 憧れていた有名人(?)を自分たちのものに出来ると思ったのだろう。
 仙太郎は血を吐いた。吐き捨てた。
 この程度では倒れないと分かっているらしい。次の刀を構えた二人が嬉しそうに飛び掛ってくる。ああ、基地外だ。仙太郎は思った。
 思って。
「須佐様!」
「お慕い申し上げておりました!」
 刀を手に突っ込んでくる二人を見て。

「うるせぇ、アイスが溶けんだろ」

 呪いのみで構成された風を。
 吹き付けた。
「え」
「あ」
 間抜けな声が響く。風に押され、二人が吹っ飛んでいく。風圧に、ビニール袋ががさがさと鳴った。
「返すぞ」
 そうして体に刺さった刀を抜くと倒れたままの二人に向かって、勢いよく投げつけた。
 どすり。
 殺子の腹と死瀬の胸に突き立った刀。
「ぎゃぁあぁ!!」
「ぐふ、あぁ」
 悲鳴と呻き声を聞きながら、仙太郎は餓者を見た。そしてその腹を思い切り殴る。ずどん、と重たい音がして、餓者が呻くのが聞こえた。

「くだらねえの連れてくるんじゃねえよ」

「申シ訳御座イマセン、須佐ノ悪様」
 出血している腹をさすりながら仙太郎が寮の階段を上り始める。
 焦ったように、殺子が声をあげた。
「須佐様!」
「うるせえ、俺は今忙しいんだよ」
 アイスが溶けてしまってはいけないのだ。
「私たちを、どうか貴方の配下に!」
「お会いできて幸せです、須佐殿」
 ああ、基地外だ。仙太郎は益々思った。
 ビニール袋を覗き込む。紙で出来た容器が湿っている。これはまずい、早く帰らねば。
「どうか!」
「お願いです!」
 煩い二人は未だに刀が突き立ったままだ。
 仙太郎は面倒くさくなってきていた。
「好きにしろよ雑魚」

 後日、住んでいる倉庫が狭くなってきたと、餓者からクレームのようなものがきた。
 二人暮しから四人暮らしになった倉庫は、何と言うか狭かった。
「追い出しゃいいだろ」
 そういったが、二人が出て行く気を見せないのだから仕方ない。
 須佐様! 須佐殿! と心から慕っている雑魚二人は、今日も元気に仙太郎を崇めている。
「須佐様! お慕い申し上げております!」
「うるせえ雑魚」
 
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