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- ナノ -
須佐ノ悪
 今から三十年前のこと。
 その事件は世間を騒がせ、新聞にも載ったほどだった。
 今でも学園の図書塔へ行けば事件のスクラップが残っている事だろう。

 ○○県××市、須佐の姉殺し事件。

 家業である工場の利権を巡って、少年が実の姉を古井戸に突き落とし殺した、凄惨な事件である。
 報道陣はこぞって両親に取材を求め、耐えられなくなった両親は何処とも知れず引っ越したという。
 当時十八歳だった少年は逮捕され、工場は売りに出された。
 これは、その三十年前からの出来事である。


 今日も死体が転がる。
 井戸の周りに三人の少年が血を吹いて倒れていた。
 須佐の姉殺し事件はあまりにも有名になりすぎた。姉の霊が出ると噂になった古井戸には肝試しで集まる非常識な連中が後を絶たず、そして肝試しから帰らず心配した関係者が亡骸を見つける事例も後を絶たなかった。
 生きていてもその人間は発狂しており話も出来ない。骨が、骨が、と上擦った声で何度も繰り返し、仕舞には絶叫して車道へ飛び出し、車に轢かれて植物状態になった者まで出たという。
 姉殺しの現場は本当にやばい。
 事件がおきてから十年たっても畏怖する声は留まる事を知らず、ついには○○県最強の心霊スポットとして認知されるに至っていた。
 僅か十年たらずで現れた凶悪な化け物。
 人間にとっても、妖怪にとっても、それは衝撃だっただろう。
 元が女だからと舐めて掛かった男たちは悉く祟り殺され、酷い者は火の気のないそこで焼き殺され内臓の一部が破裂していたとも言うから、狂骨の恨みは相当な物だったのだ。
 破壊の力で勝る鬼が古井戸に近づいたこともある。四肢断裂で殺されていた。
 呪いの力で勝る魔物が古井戸へ挑んだこともある。消し炭となって転がっていた。
 魔を祓う霊能力者が古井戸へ向かった事がある。生首が野良犬に齧られていた。
 大勢の取材陣が古井戸を撮影した。古井戸を映した画は皆砂嵐にまみれ、取材陣は謎の高熱と嘔吐と悪寒と喀血に見舞われ、やせこけて死んでいった。
 噂が更に広まった。
 姉殺しの現場は本当にやばい。
 姉殺しの現場は。本当に。

 弟の方を井戸に投げ込まない限り呪いは終わらない。

 そんな根も葉もない噂さえたったほどだ。
 須佐の狂骨。
 古井戸に住む呪いの化け物の名は○○県だけでなく知れ渡ったという。
 須佐の狂骨。
 あまりの呪いの強さに、あまりの破壊の凄まじさに、あまりの容赦のなさに、やがて須佐に住む悪鬼の一種とされるようになった狂骨は、後にこう呼ばれるようになった。

 須佐ノ悪(スサノオ)。

 荒々しく、猛々しく、恐ろしくおぞましくおどろおどろしく。
 須佐ノ悪の強烈な苛烈さは、あっという間に弱小妖怪の信奉を集めていった。
 顔も姿も知らないが、その噂と通り名で強く憧れ、須佐ノ悪様信奉者は数を増やしていく。がしゃどくろの餓者も、そのうちの一人である。
 須佐ノ悪は古井戸から動かなかった。しかし呪いは井戸に近づいた者全てに渡り、井戸にちょっかいをかけた者が何処へ行こうともついていき、確実に死に至らしめ……。
「須佐ノ悪様……」
 心酔する者の濃度を濃くしていく。

 須佐ノ悪は、二十年ほど猛威を振るった。
 仙太郎の全盛期だったように思う。
 呪い殺していった人間の恐怖や恨みが当時の仙太郎の体を貫き、井戸の底に転がっていた死骸の目玉は増えていき、呪いと恨みによって井戸に縛られていた仙太郎はその目玉を見つめながら唾を吐く。
 自由が欲しいと唾を吐く。
 須佐ノ悪様須佐ノ悪様ともてはやされる今には退屈しかなかったからだ。

 居場所を強く欲していた仙太郎が突然姿を消したのは、今から五年前のこと。
 突如として消えた須佐ノ悪様を探す者は後を絶たず、古井戸は今も妖怪たちによって守られている。
 そんな須佐ノ悪様はというと。

「お前、昼飯プリンから食うなよなぁ」
「だって食べたかったんだもん」
「エビフライ作ってやったってのに、いらねえのかよ」
「いるよぉ……でも、ちょっと待って。プリンが先」

 現在、主人と平和に(?)暮らしているようである。
 
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