ケフォフ6
「麻痺ねぇ」
ひっひっひっひ。
嬉しそうな声が教室に響き、満ちていく。
痙攣する腕で何とか起き上がった仙太郎が、上機嫌で目玉たちを見ていた。
「そうか……視線で麻痺させんのか」
「……何を、したのですか」
目目連が苦しげに呻いている。何が起こったのか分からないまま、団長は餓者と仙太郎を見比べるしか出来なかった。
「真似だよ、てめえの」
「なっ!?」
驚きの声が目目連から上がる。
餓者が一歩、よろりと後退りするのが見えた。
「てめえの能力とは違って、俺のは呪力でねじ伏せてるだけだがなぁ……そうか、麻痺させるって手があんのか」
鼻を摘まむ。ごきりと音を立ててはめる。仙太郎はにやりと笑うと、目目連の一つを握り、そして。
潰した。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!!」
あまりの激痛にのたうち回る眼球たちを見て、仙太郎はひゃひゃひゃ、と面白い玩具を見た子どものように笑い声を上げる。
「麻痺させて獲物を取るのか! つまらねえな! ガチでボコりあって力で組み敷いてねじ伏せて! そうやって食らってけよ雑魚野郎!」
血まみれの仙太郎は笑う。
拳を餓者の腹部に叩き込み、餓者を軽く吹っ飛ばした。
受け止めた教卓が押しつぶされる。中にしまわれていたプリントが舞う。材料の分量について、と書かれた紙が床に落ちる前に、仙太郎が走った。
痺れる体を引き摺る形で、物凄い速さで。
「何故動ケル……!?」
「動きてえからだ!」
骨の拳と骨の拳がぶつかり合う。何度も何度も何度も。
振り上げた仙太郎の拳骨と、餓者の拳が、がつん、と硬く重たい音を響かせて衝突した。
べきりと音が鳴る。
餓者の指の骨が弾け飛んでいく。
「はっはぁ!!」
仙太郎が、餓者の腹部に拳を捻り込み、力任せにぶっ飛ばした。
貯蔵庫に向かって突っ込む餓者。
吊るされていた肉が衝撃でばらばらと崩れる。
棚に入っていた野菜が粉砕する。
餓者の体は壁に強か打ち付けられ、がらがらと崩壊していった。
「終わりかぁ? つまらねえなぁ」
本日何度目か分からない『つまらねえ』を呟きながら餓者の元へ歩み寄っていく仙太郎。
あまりの猛攻撃に言葉を失っていた団長は、目目連が仙太郎を恨めしげに見ているのに気付かなかった。
「これで終わりだと思わない事です!」
目目連は叫ぶ。
引き摺られた痕跡を仙太郎が追いかけていた際、それを見張っていた残りの目目連を回収したのだ。麻痺が残っていない目玉が仙太郎に襲い掛かる。
眼球が光をともし、仙太郎を射抜くかと思われたその時。
仙太郎は、眼球たちに向かって手をかざした。
「あああぁぁぁあぁっ!!!」
目目連は再び叫ぶ。苦悶の声だった。
「木蓮!?」
餓者が目目連の名前を呼ぶが聞こえていないようだ。苦痛から逃げようと四方八方へ飛び回り、のた打ち回る目玉たちを見て、団長も、餓者も、声をなくした。
眼球が黒く染まっている。
黒く染まった目玉からは、じゅう、という焦げたような音と焦げ臭い匂いが漂ってきていた。
「ぎゃああぁぁぁ!! あぁぁぁぁぁ!!」
あまりの苦痛に叫ぶしか出来ない木蓮を見て、仙太郎は笑いもしなかった。欠伸を一つ、そういえば昔、こうやって人間を呪い殺してたっけ、と思い出すばかりである。
「貴様、何ヲシタ!!」
修復が始まっているがしゃどくろが怒声を上げるのにも、仙太郎は笑わない。暴力的でないことはつまらない、とでも言うかのようだった。
「呪った」
二〜三十年前はこうして井戸に近づく人間たちを焼き殺していたのだ。
それから。
仙太郎は木蓮の目玉の一部を手に取ると、ふ、と息をかけた。
「い、あああぁっぁあぁぁ!!」
再び絶叫。ごぽごぽと膨らむ音の後。
目玉が破裂。
嫌だ嫌だ痛い熱い助けて。木蓮の眼球から流れる雫を見て、餓者の声が震えた。
「ヤメロ!! モウヤメロ!!」
「なら俺と本気でボコりあってくれや、三下」
呪いの力が弱まったとはいえ狂骨である事に変わりはない。血みどろになってもなお暴力を求めている現在の仙太郎は、そこで再び笑った。
「遊び足りねえよ」
「……分カッタ……」
「おう、良い子だ」
餓者の言葉に満足そうに頷く。指を鳴らした瞬間、目玉は白く戻り、ぼたぼたと力なく落ちていった。
床に転がる木蓮をつま先で蹴飛ばし、仙太郎は修復が完全に終わった餓者の胸倉を掴む。力任せに引き摺り、窓ガラスに向かって投げ飛ばす。
ばりん、と音を立てて餓者の体が外へ吹っ飛んでいった。
「……狂骨……お前……」
「あ? 何だてめえまだいたのか? 帰んな、邪魔だ」
窓枠に足をかけ、団長に向かって仙太郎が嬉しそうに言う。そのまま飛び降りた。
地面に着地していた餓者に向かって急降下していく。拳を突き出して。
餓者もそれを迎え撃つ姿勢をとっていた。
「あああぁぁぁらぁぁぁ!!」
「ウオオォォアァァァ!!」
轟音。
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